横田めぐみさんの「偽遺骨」の鑑定について


1.遺骨の鑑定状況(2004年11月15日、北朝鮮から持参)



 @遺骨の状況(新潟県警が外務省から11月19日遺骨を預かり、同署内に設置

 「骨は高熱で焼かれ、細かくなっていた。こういった骨を焼くということは、DNAは一般的に言って非常に困難になるということだ」(瀬川勝久警備局長、04年12月10日、衆議院拉致問題特別委員会での答弁)

 ADNA鑑定を3箇所に委託

 DNA鑑定の知見を有する専門家が、DNAを検出できる可能性のある骨片10片を慎重に選定し、警察当局(新潟県警)により国内最高水準の研究機関(警察庁科学警察研究所、東京歯科大学、帝京大学)3箇所にDNA鑑定を嘱託した。

 B帝京大学の鑑定結果(12月7日)

 新潟県警は帝京大学より、骨片5個のうち4個から同一のDNAが、また他の1個から別のDNAが検出されたが、いずれのDNAも横田めぐみさんのDNAとは異なっているとの鑑定の状況を聴取した。警察は鑑定した吉井富夫講師(48歳)から口頭で結果報告を聞いた。正規の鑑定書が届いたのは5日後の12月13日である。

 

2.日本政府の結論と北朝鮮の反論



 △細田博之官房長官(12月8日)

 警察から報告を受けて

 「北朝鮮側から、先般これが横田めぐみさんの遺骨であるとして渡されました骨は、鑑定を実施してきたが、主として帝京大学法医学研究室でのDNA鑑定結果であるが、本件については横田めぐみさんのものではないとの結論が出た。本件は北朝鮮側の調査結果の中でも非常に革新的な部分であって、先方の調査が事実でなかったということを断じざるを得ない。極めて遺憾である」

 △町村信孝外相(12月10日)

 「私どもは、世界最高の水準の知見をもって行ったこの遺骨が横田めぐみさんのものではないということを明らかにした。この点についてはもう全く疑う余地はない。北朝鮮がいろいろ言っていることは承知しているが、その点についてはもう全く議論の余地がない」(衆議院拉致問題特別委員会での答弁)

 ▲北朝鮮外務省の反論(12月14日)

 「夫が妻のものでない他人の遺骨を日本に引き渡すとは想像すらできない」
「鑑定結果は受け入れられない。鑑定書の提出を求める。真相の究明を求める」と反論

 △日本政府の反論(12月24日)

 「これは、国内で最高水準の研究機関による客観的で正確な鑑定である。北朝鮮側の主張には何の合理的根拠もない」

 ▲北朝鮮政府の再反論(05年1月24日)

 第一点「世界最新設備を持って鑑定を行った歴史と経験のある警察庁科学警察研究所でDNAを検出できなかった事実についてはその科学性に背を向け、帝京大学の鑑定結果を絶対視したのはなぜか」

 第二点「1200度の高温で火葬した遺骨を、DNA方法で鑑定しても個人識別が不可能というのが一般常識だ。帝京大学が1200度の高温状態で燃焼した遺骨(白骨)から細胞を採取し、それを培養、増殖させる方法でDNAを鑑定したというのは信じがたい」

 △日本外務省の再反論(05年2月10日)

 「鑑定手続きの厳格さ、DNA鑑定の技術水準に関する現実を(北朝鮮は)少しも認識していない」

 

3.遺骨論争起きる



 ▲英国科学雑誌「ネイチャー」の報道(05年2月3日付)

 ※ネイチャーの記事は同誌東京駐在記者、デイビッド・シラノスキー氏の記事で、鑑定した吉井講師に電話インタビューしてまとめたものである。

 「日本では火葬された標本に対して法医学的鑑定が行われたことはほとんどない。帝京大学の吉井富夫講師を含むほとんどの専門家らは、1200度で焼かれた遺骨にはDNAは残っていないと考えていた。吉井氏も『私も全く驚いた』と語っていた。吉井氏はこれまでに火葬された標本を鑑定した経験は全くなく、また彼は、自分が行った鑑定が断定的なものではなく、また、サンプルが汚染されている可能性があることを認めた」

 

4.国会論争に波及



 民主党の首藤信彦議員が衆議院外務委員会で追及(05年2月23日)

 「遺骨の問題だが、3箇所に調査を依頼した。A、Bは結果が出ない。Cの吉井富夫講師がミトコンドリアの分析で、他人のものであることがわかった。それで日本国中が怒った。ところが、2月3日の『ネイチャー』、世界で最も権威のある科学雑誌に、科学的に言うと、そんなことは全然言えないとの論文が出た。これは大変なことだ。世界では事実上、日本の言ったことを、外務省が言ったことを否定したわけだ」
 「要するにA、B、Cであって、Cしか確証できなかったものを、そして国際的にチェックせずに、そのサンプルを国際的な機関に依頼してクロスチェックせずに北朝鮮の不誠実な証拠として突きつけるのは外交的にどうか」

 △町村外相の答弁

 「警察が最も信頼するものとして依頼をした帝京大学の結果ということで、まあそれは正しいと思っている。第三国、第三機関にもう一度やったらどうかということだが、北朝鮮が不誠実な対応を早く改めることが重要で、DNA論争に入っていくと肝心の主張がぼやけてくる。さらに、これからどこかの外国の機関に委託して、再鑑定をやる考えは今のところない」

 ▲「ネイチャー」が社説(「政治対真実」)で再反論(05年3月17日)

 「吉井氏は一般論としてではなく、明確に骨の汚染を認めた。日本政府は科学に政治介入している」

 

5.吉井氏の警察転職問題に関して


 (吉井氏は2005年3月26日に警視庁科学捜査研究所法医科長に起用された。)

 首藤信彦議員が衆議院外務委員会で再度追及(05年3月30日)

 「吉井氏に会う必要があると思っていたところ、吉井講師はなんと、警視庁科学研究所の研究課長になってしまった。証人隠しではないか。相手がでたらめだから、こっちもでたらめをやっていいということにはならない」 「ネイチャーに火葬された骨の断片からは今の技術ではミトコンドリアのDNAが発見されないというのが科学的知見である。その後ネイチャーは『日本政府のやっていることは科学を政治で歪めることだ』と社説で書いている。世界を代表する科学者、何十万人の科学者が見ているこの雑誌の言っていることに日本が反論できなければ科学を日本が悪用しているとの批判に答えられない。ネイチャーの社説が出て、世界中から日本の検査に関しては大変な批判がある」

 ▲「ネイチャー」も再反論(05年4月7日号)

 「複数のジャーナリストが吉井氏に接触を試みた。(警察への)転職は日本の拉致証明の障害である」

 △町村外相の反論答弁

 「ネイチャーが立派な雑誌であることは認めるが、いちいち反論する必要はない。警察当局から事実関係を確認したところ、取材を受けた関係者(吉井講師)も、取材の中で焼かれた骨によるDNA鑑定の困難さを一般論と述べたようだ。当該鑑定結果が確定的ではないという旨を言及したわけではないと、吉井講師が言っていると我々(外務省)は聞いている。我が方の科学鑑定のその信憑性を誠に疑わしめるような発言は大変残念に思う」

 

6.吉井講師の鑑定方法


※吉井氏は1956年生まれ。コピー用紙や感熱紙に残された指紋からDNAを解析する技術を確立した。

 △鑑定書

 「骨片に汚染物資を予想してまず超音波洗浄をして、ここから出た不要物に骨片に適応した同様の方法でDNA検出を試みたが、増幅は認められなかった。鑑定したのは骨の表面に付いている汚染物資でなく、骨の中にあるDNAである」 「遺伝子分析技法=PCRを使った」「(DNAを増幅させる)ネステッドPCR法という通常のPCR法より感度の良い方法を用いた」

 

7.韓国からも反論(韓国で最も権威のある法医学者3人)


 (イ・ビョンソンソウル医科大学教授、パク・キウォン国立科学捜査研究所遺伝子研究室長、イ・スンファン検察庁遺伝分子室長)

 @1,200度の高温で火葬された遺骨からのDNA検出は実質的に不可能である。

 ※パク室長(3年前にテグ地下鉄火災事件で遺骨の身元確認にあたった)の話

 「高温で完全に白骨化した骨からのDNA抽出、分析に成功した論文は今まで見たことがない」

 A仮にDNAが検出されたとしても分析の過程で外部の異質物に汚染されたに過ぎない。

 B遺伝子分析技法は増幅過程が繰返される度に正確度が下がるという短所がある。従って、専門家からはこの方法による分析結果の信頼性を認定することに極めて保守的な立場を取っている。

 

8.米誌「タイム」とインターナショナル・ヘラルド・トリビューヌも異議



 ▲「タイム」(05年4月4日号)

 「吉井氏が用いた分析技法(PCR)は信頼度に問題が多く、米国の法医学研究所では使用しない」

 ▲ヘラルド・トリビューヌ(05年6月23日)

 @遺骨に関するメディアの対応について

 「日本政府が完全な事実を語っているのかどうかについての疑惑が湧き上がっているのに政府はそれについて公式に語ることを拒絶し続けている。その上、ますますナショナリステイックな雰囲気が支配されている日本では、政府の対北朝鮮政策に対し異論を唱えることがタブーになっているため、日本のメディアはほとんどこの問題に対して無視を決め込んでいる」

 A国民感情について

 「拉致被害者家族のリーダーになっている彼女の両親は、北朝鮮側の説明を受け入れることを拒否し、自分達は北朝鮮で彼女がまだ生きていると確信していると言っている。今は初老の彼女の両親がテレビ画面で感情を込めた嘆願をする光景は、それ以外ではほとんどありえないような方法で感情を呼び起こしている」

 BDNA鑑定について

 「DNA鑑定結果は本当に日本が主張したようなものだったのか?英国の一流科学雑誌『ネイチャー』(2月号)に第一の疑問点が示された。吉井氏は同誌とのインタビューで『鑑定結果なるものは決定的ではなく、サンプルが汚染された可能性がある』と語った」

 C吉井氏の警察転職について

 「吉井氏は、誰か他の人にインタビューされる前に大学でのポストを離れ、警視庁の新たな職場に移った。警察は現在、『彼が会見に応じることは法的に禁じられている』と語っている」

 

9.日本の専門家らの見方(新聞などに掲載されたコメントから)



 @篠田謙一・国立科学博物館人類第一研究室室長(人類学=古人骨のDNA鑑定経験豊富)

 「DNA鑑定の際に特に気をつけなければならないのはコンターミネーションと呼ばれる外在性のDNAの混入です。帝京大学でもそれに十分注意したと思いますが、焼けた骨片はいわゆるスカスカ状態で、人の息、汗、フケなどに容易に吸着する。特に唾液や汗のような液体であれば、やはり容易に骨片内部に侵入するでしょう。(帝京大学鑑定では)骨片の表面を超音波で洗浄したと聞きますが、一般に超音波洗浄だけで外在性のDNA除去は難しいでしょう。それを証明するには同実験の過程と結果を示す必要がある。さらにPCR法による増幅の場合、コンターミネーションの発生する危険性が高まる。とにかく、現在の手法と技術水準では、完全に外在性のDNAを排除できないと考えるべきだ」

 A本田克也・筑波大法医学教授

 「我々がこの検査から結論付けることのすべては、提供された遺骨から二人のDNAが検出され、それらが横田めぐみさんのものと一致しなかったということだ。我々がその遺骨がめぐみさんのものではないと結論付けるまでにはまた、別の膨大なステップが必要だ」

 「問題は、帝京大学の結果の一部のみが公表されて、科学警察研究所の結果が公表されていないところにある。両者を併せて公表すべきだった。例えば、科警研でDNAそのものが抽出できなかったとしたら帝京大学の鑑定結果も慎重に解釈しなければならない。帝京大学の鑑定技術は奇跡とも言うべきレベルにある」「(白骨からのDNA鑑定の可能性について)どのような場所で、何で燃やし、何分ぐらい時間をかけたのかというデーターがなければ判断は難しい」

 B赤根敦・関西医科大学教授

 「焼かれた骨を日本に持ってくるまでの間に関与した誰か別人のDNAが検出される可能性は大いにある。DNAは熱に弱いので、焼かれた骨の分析は難しい。骨辺が確かに横田めぐみさんのものであっても、めぐみさんのDNAは検出されず、代わりに誰か別人のDNAが検出される可能性は大いにある。但し、骨片はやはり別人のもので、そのDNAをうまく検出できたという可能性も皆無とは断定できない」

 「火葬された骨は他人の皮膚や唾液によって簡単に汚染されてしまう。(日本政府の発表について)もし貴方が専門家でなければ、他人のDNAが検出されたと聞けば、貴方はその遺骨が彼女のものでないと推論するかもしれない。政府の発表は極めて慎重に行われたほうが良かった」

 C石山c夫・帝京大学名誉教授(吉井氏の恩師的存在)

 「北朝鮮から2人分の人骨が来たと見るのが一般的だが、鑑定中に誰かのDNAが混じった可能性も否定できない」(毎日新聞、04年12月18日付)

 「我々が言えることは、めぐみさんのDNA鑑定の結果、どの骨片からもめぐみさんのものが検出されなかったということだけだ」「科学鑑定の常道として、吉井氏は、別人のDNAが検出されたと言っているだけだと思います。そして、当局(警察)はこれらの成果(DNA鑑定結果)とそれ以外の情報を検討し、別人の骨と結論付けたものに過ぎないと思います」(2005年6月8日発売の「ミクロスコピア=医学系機関誌」

 D橋本正次郎(東京歯科大学助教授)

 ※橋本助教授は日本政府の現地調査団(02年9月)に加わる。特定失踪者の藤田進さん(1976年、埼玉で失踪)と加瀬テルコさん(1962年、千葉で失踪)の顔写真を「同一人物の可能性が高い」と断定。その後も松本京子(1977年、鳥取で失踪)と斉藤裕(1968年、北海道で失踪)さんらについても「同一人物の可能性が高い」と鑑定したが、この2人は韓国人で韓国に実在していたことが判明した。

 「ネイチャー誌の問題提起自体は妥当だと思う。私の鑑定結果も『めぐみさんの骨であるとの判断にいたる結果は得られなかった』というもので、別人と判定したわけではない。しかし、法人類学では北朝鮮が出してきた他の証拠なども参考に総合判断することが許されており、別人の可能性が非常に高いとの印象を得ている。別人であることを証明する鑑定においてはDNAよりも法人類学的手法のほうが有効な場合が多々ある。鑑定書の結論部において具体的にどのように証言したかは私の立場からは言えない」(共同通信)

 

10.北京での日朝協議での攻防(06年2月4−9日)



 ▲北朝鮮側

 @鑑定結果について直接聞きたい。鑑定担当者と会えるならばどこにでも行く用意がある

 A遺骨がめぐみさんのものでなく、他人のものならば日本側がなぜ持っているのか。現状のまま返還すべきだ。

 △日本側

 @遺骨から複数のDNAがなぜ捻出されたのか、北朝鮮側が説明することが先決だ。

 A夫とされる人物が不確かだ。

 B偽物の証拠品として保管する。

 

11.3つのDNA鑑定の比較



 @ヘギョンさんのDNAは鑑定から発表まで3週間

 Aめぐみさんのものとされた「遺骨」は鑑定から発表まで19日間

 Bめぐみさんの夫、金英男さんについては鑑定から発表まで55日間

 ※2箇所に依頼(神奈川歯科大学は99.5%、大阪医大は97.5%の確率で断定)