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2007年11月19日(月曜日)付

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希望社会への提言(4)―ご近所パワーが地域を変える

・問題解決のアイデアと活力は市民にあり

・団塊の世代よ、「テーマ別町内会」で活動しよう

    ◇

 住民一人ひとりの知恵や経験、人脈を自由に、ゆるやかに、それでいて確かな形で結んで、身近な人々のために一肌脱ぐ社会にできないものか。

 前回までは、自立する地域政府が中央政府と役割分担して、自治を競い合う姿を示した。今回はそこへ住民が積極的に参加することを提言したい。

 それがどれほど大きな力になるのか。「ゴミ分別」を見るとよくわかる。

 横浜市は2年前、ゴミを10種類に分けて出してもらう制度を始めた。頼ったのが3000の町内会や自治会だ。おかげで住民の分別運動が順調に進み、リサイクルが増えてゴミの量は3割も減った。二つの焼却工場を建て替えずに済み、総額1100億円も浮いた。財政難の市には貴重な新財源となった。

 環境省によると日本は「世界一のゴミ分別大国」だそうだ。いまや6割近い市町村で、11種類以上の複雑な分別を住民がこなしている。これがゴミ減らしの意識も高め、1人あたりのゴミ排出は1日1.1キロと先進国で最も少ない。

 こうした成果をあらゆる場面で出せれば、私たちの生活はもっと豊かになる。

 格好の教材がある。NHK番組「ご近所の底力」。住民たちが地域の悩みを解決するために奮闘する番組だ。

 こんな例があった。子どもを狙う犯罪の多発地域で、通学路を見守ろうと集まる。だが通勤時間と重なって、父母だけでは手が足りない。そこでお年寄りに協力を求め、自宅周りの掃除や散歩を通学時間に合わせてもらった。こうして、まちぐるみの見守り隊が誕生する。

 ほかにも、町営バス廃止で始まった乗り合いタクシーや、ボランティアによる落書き消し……。少しの知恵と労力を集めれば、これだけのことができるのか、と感心させられる例が多い。

 試みが失敗するケースも多いらしい。それでも、番組チーフプロデューサーの佐藤高彰さんは、回を重ねるごとにご近所パワーの可能性は大きいと実感する。「問題解決のための人材や資源は、どの地域にも必ずあります」

 かつて日本中に、祭りや防災で助け合う地域共同体があった。それが都市への人口集中や核家族化で次第に衰え、多くが機能を果たせなくなった。

 「カイシャ」もまた、都市住民にとっての共同体だった。社員家族の生活をまるごと面倒をみて、社会保障の穴を埋めていた。こちらも90年代の経済低迷を経て、頼れなくなっている。

 こうして、暮らしの安全弁に少なからぬ「すき間」が生じた。連帯型の福祉国家の実現には、そこを埋める新しい共同体が必要ではないだろうか。

 最近は「行政の下請け」にとどまらず、独自に活動する町内会が出てきた。地域活動を始めたマンション管理組合も少なくない。ただ、こうした地縁の組織だけでは限界がある。

 そこでカギを握るのが、民間の非営利組織(NPO)だ。NPOというと堅苦しいが、こちらは地縁ならぬ「テーマ別の町内会」と考えたらいい。

 いま全国に3万のNPO法人がある。独居老人への弁当宅配、ホームレスの自立支援、不登校の相談……。いずれも純粋なビジネスとしては成立しにくい事業だ。それを寄付・公的助成やボランティアの協力を得て運営している。

 NPOの存在感が高まったのは95年の阪神大震災だった。全国から集まったボランティアは、地元の住民組織なしには活動できなかったからだ。自治体の手が届かない少人数の要望にきめ細かくこたえたのもNPOだった。それがNPO法づくりにつながった。

 行政へサービスを要求するだけではなく、自ら行動する市民へ。地域政府が自立するには、こうしたNPOの活動が欠かせなくなるだろう。公園や公民館といった公共施設の管理運営を、NPO法人に委託料を払ってまかせる自治体が、すでに出てきている。

 千葉県我孫子市は昨年、市民の知恵や力を借りようと、1000超の仕事内容を公開して引受先を募った。これまでに市民大学講座や妊婦の健康指導など34の仕事をNPOや民間企業に委託した。

 市が期待しているのは、人口13万の1割を占める団塊の世代が、退職後にNPO活動へ参入してくることだ。「ビジネスや消費で時代をつくってきたこの世代に、こんどは地域のため働いてほしい」

 NPOが息長く活動するのに課題となるのは、資金と人材だ。地域政府や企業からの助成が欠かせない。例はまだ少ないが、松下電器産業や花王のようにNPOへ広く助成する企業が出てきた。

 自然保護や青少年教育、障害者の支援などのさまざまな社会貢献活動を、地域の一員として続けている企業も多い。こうした土壌をもっと広げたい。

 私たちは今年5月3日掲載の社説21で「もったいない、ほっとけない、へこたれない」の精神による外交を提案した。連帯型社会にもこれを生かしたい。「市民によるソフトパワー」である。

 住民の悩みはほっとけない。それを解決する力を眠らせておいてはもったいない。ときには失敗するかもしれないけれど、へこたれないでがんばりたい。

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