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日本癌学会:「連携」テーマに 「がん幹細胞」に注目 治療への応用、討議の焦点に

 ◇第66回日本癌学会

 10月に横浜市で開催された第66回日本癌(がん)学会のテーマは「連携」。欧米と比べ抗がん剤開発などで遅れが目立つ日本において、産官学連携の必要性が強調された。一方、どんながんにもなる「がん幹細胞」の存在に注目が集まり、治療への応用が討議された。【関東晋慈】

 ◇がんにも幹細胞

 分化して将来、どんな細胞にもなる万能性を持つ細胞を幹細胞と呼ぶ。これになぞらえて、どんながんにもなる幹細胞があるとの考えから、「がん幹細胞」説ができた。自分と同じ細胞を増やし、分化してがん細胞になる性質を持つ。ここ数年、集中的に治療への有効性が議論されている。

 がん幹細胞は97年、カナダ・トロント大のジョン・ディック教授が白血病で見つけた。その後、脳腫瘍(しゅよう)や乳がん、前立腺がんなどでも相次いで見つかった。

 慶応大の須田年生教授(発生・分化生物学)は特別講演で、がん幹細胞を取り巻く環境「ニッチ」の発見について解説した。ニッチとは細胞が生きるのに適した環境のことをいい、がん幹細胞の「隠れ家」といえる。がんの転移に関係していると考えられるという。

 白血病で調べたところ、ニッチは酸素濃度のかなり低い場所にあることが分かってきた。がん幹細胞にはミトコンドリアが少なく、エネルギー合成に酸素を必要としないためと考えられている。細胞周期はほとんど回っていないといえるほど、ゆっくりという。

 抗がん剤への耐性も、この性質から説明がつくようだ。抗がん剤は細胞周期のうち、DNA合成と細胞分裂のどちらかを抑制することで効果を発揮する。しかし、細胞周期の遅いがん幹細胞では、効果を発揮するタイミングが少なくなってしまうという。

 ◇動く性質、治療に

 がん幹細胞の研究を、どのように治療に結びつけていくか。シンポジウムでは、これが焦点になった。例えば、特徴を特定できれば、それをターゲットに治療できる。具体的には、ニッチに囲まれたがんが栄養を取り込めないよう、血管を作らせず「兵糧攻め」(須田教授)にする抗がん剤が考えられている。

 ただ現状では、がん幹細胞研究は治療に反映されていないようだ。今後の可能性として、神戸大病院の片山義雄助教(造血幹細胞移植学)は「がん幹細胞が動くという性質に注目し、この動きを抑え転移を防げないか」と提案した。さらにニッチからがん幹細胞をおびき出すという方向性も提案。片山助教は「ゆっくり回っているがん幹細胞を活性化させ、抗がん剤でたたくという方法も考えられる」と話した。

 金沢大がん研究所の平尾敦教授(幹細胞生物学)はがん細胞とがん幹細胞の両方に発現している分子を、白血病のマウスで見つける取り組みを紹介。平尾教授は「がん幹細胞の発現を制御する部分(プロモーター)を可視化し、がん幹細胞がどういう信号に依存しているかを突き止め、治療への応用につなげたい」と語った。

 ◇症例少ない医師が担当

 一方、臨床開発の遅れについてのシンポジウムでは国際的な水準に引き上げるための提案がなされた。

 外科医から製薬会社の開発本部長に転身した岩崎甫さんは臨床試験の現状に関するアンケート結果を発表。治験担当医師69人から回答を得たところ、担当した症例数が10例以下の医師が約33%(23人)、25例以下だと約53%(37人)と半数を超えた。一方、100例を超える医師は約13%(9人)に過ぎなかった。

 さらに、「海外と比較して治験が進まない理由」については「医師に関する問題点」との回答が34人と最も多かった。具体的な指摘では「インセンティブ(意欲を出させるような刺激)がない」「業績として評価がない」「日本の研究者レベル、治験への意識レベルが低い」などの回答があった。

 岩崎さんは「現状では、経験が乏しい医者が担当している。治験は未来の医療のためだ。多くの医者がいかに勇気を持って治験に取り組むことができるかにかかっている」と訴えた。

 国の総合科学技術会議によると、医薬品承認のための審査官は197人(05年度)で、米国の10分の1に過ぎず、世界のベストセラー薬100種類の3割は日本で使えないという。同会議専門調査会は11年までに、審査官を倍増する改革案をまとめている。

 ◇産官学、協力さらに

 シンポジウムで座長を務めた伊東恭悟久留米大教授(免疫学)は「治験の機会が少ないと、薬の理解も進みにくく、投薬時に支障が起こることもある。講座主導の日本の医局制度の改善という学の自助努力も欠かせない。審査官の増加も必要で、産官学の情報共有が鍵」と指摘した。

 ◇血管の非対称性の仕組み解明

 大動脈が左側だけ弓なりに曲がる形になる仕組みを、八代健太・大阪大助教(現・ロンドン大講師)らがマウス実験で解明した。心臓奇形の解明につながるという。

 研究チームは、臓器の左右非対称性を決める遺伝子の一つ「Pitx2」に着目。正常な胎児の場合、大動脈のもとになる血管はらせん状にねじれ、その先で左右対称に分岐している。受精後12日目にねじれをほどくように垂直方向に回転。これにより、右に分岐していた血管が引っ張られて細くなり最終的に消失した。一方、Pitx2のない胎児マウスは、血管が回転せず、右向きの血管も残った。

 浜田博司・大阪大教授によると、ヒトの新生児の約1%は心臓形成の異常を持ち、その多くは血管が回転しないことが原因と考えられるという。【大場あい】

毎日新聞 2007年11月18日 東京朝刊

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