前回記事: 自然−人間共生系の未来を考える 「エコツアー」の現場検証(4)
このシリーズでは、高度経済成長の過程で失われてきたとの社会的認識が強い、自然と人間との関係を、これからどのように取り結べばよいのか?そのために現在どのような取り組みが行われ、それらはどう評価されるべきなのか、進むべき道は何かなど、自然−人間共生系の未来を考えるための材料を、筆者なりの視点で紹介していきます。
今回は、エコツーリズムの現場検証とその社会的意義についての5回目です。
東京から約2,000km、沖縄島の那覇からも約450km離れた亜熱帯の西表島。この島では、1990年頃から、日本で最初期にこのエコツーリズムという考えを適用した取り組みが、大規模・組織的に行われてきました。ですが15年以上を経た今でも、自然環境が持続可能なツアーは、残念ながら存在していないように見えます。またこの取り組みは、地域社会にも大きな影響を及ぼしてきました。
西表島におけるエコツーリズム導入の結果の具体例についてはこれまで4回にわたり示してきました。“エコ”どころか、自然破壊要因であることがよくわかります。しかもそれらは氷山の一角にすぎないのです。
さらなる問題の指摘は後の稿で行いますが、ここで、そもそも今日本で流行している「エコツーリズム」とは何かについて、考えてみましょう。
図1. エコツーリズムとは?
「エコツーリズム」とは そもそも何なのか?
環境省自然保護局の「平成15年度 エコツーリズム推進方策関連調査業務報告書」によると、エコツーリズムとは【自然・歴史・文化等の地域特性の観光資源化,その実施に際してはこれら資源の持続可能な利用と地域経済への貢献を条件とする観光スタイル】で【1.自然の営みや人と自然との関わりを対象とし,それらを楽しむとともに、2.その対象となる地域の自然環境や文化の保全に責任を持つ観光】と定義されています(図1)。
環境省基準による「エコツーリズム」の条件と効果
同報告書では続いて、【エコツーリズムを成立するために必要なもの】として【1.地域の自然や文化に対する知識や経験の案内=ガイダンス、2.地域の自然や文化を保全・維持するための取り決め=ルール】の2つの条件を示しているほか、【エコツーリズムの成立による効果】として【1.旅行者に対しては:自然や地域に対する理解が深まり、知的欲求を満足させる(環境教育)、2.地域の自然環境・文化資源に対しては:それらの価値が維持されるよう保全され、または向上する(環境保全)、3.観光業に対しては:新たなニーズに対応し、新たな観光需要を起こすことができる(観光振興)、4.地域社会に対しては:雇用の確保や、経済波及効果、住民による地域の再発見により地域振興につながる(地域振興)】が期待できるとしています(図1)。
期待をするのは彼らの勝手ですが、問題は、期待通りの効果が見込めるのかどうかということです。この点、日本ではゼロからの試みであったにもかかわらず、環境省をはじめとする推進者たちは、こうした効果を、よりよい形で実現するためにできたはずの準備を怠ってきたばかりか、導入後の効果検証も行っていないと言えます。その結果、これまで示してきたように、重点的に保全されるべき地域で野放図な利用が拡大してきたのです
あなたの周りで「エコツーリズムは素晴らしい」という人がいたり、あなたが「エコツアー」に参加したことがあるのでしたら、考えてみてください。それらは本当に上の条件を満たしていましたか?
こうしていれば 今ほどエコツアーによる自然破壊はなかった!?
沖縄では、現在エコツアーに利用されている地域のほとんどは、エコツーリズム導入以前は、観光産業による組織的利用はなされていませんでした。趣味の野外活動として、あるいは研究のために自己責任で入域する人が大部分だったのです。当然、入域者数は微々たるもので、また、自然生態系に対する大きな悪影響が生じることも、まずなかったのです。
そうした「未開拓」の場所でゼロから始めるに当たって、もし本当に上記の条件や効果を実現する気であったのであれば、なによりもオーバーユースによる自然破壊を懸念して、利用可能地域の設定(ゾーニング)、入域者数の制限や、禁止事項など利用方法のガイドラインを決め、しかもそれを法制化することが可能であったはずです。
何しろ、今でこそ多くの人や組織がガイドツアー産業に関わるようになり、合意形成が面倒になってしまいましたが、当時はほとんど利益者(団体)がなかったのです。より自然や伝統文化の保護を重視した運用システムを作ることは容易であったはずです。またこの程度のことは、ちょっと考えれば、誰にでも思いつくことでしょう。しかし彼らはそうしたことをしなかったわけですから、このことからだけでも、日本におけるエコツーリズム運動が、何よりも新たな産業振興であって、自然や伝統文化の保全などは「おためごかし」であるということが、よくわかります。
もちろん「自然や伝統文化」を飯のタネにすること自体は、必ずしも「悪」というわけではありませんし、その点は自然破壊も同様です。自然界からの効率的な収奪や自然破壊は、特に高度成長以降、豊かな生活を実現するために避けられないものでした。だからこそ、今、特にここ100年程の文明のあり方を考え直す必要性が認められ、自然と共生できるライフスタイルや、人間らしい社会とはなにか、次世代に「付け回し」をしない社会追求などが、広く議論されるようになっているのだと思います。
これらはいわば新しい文明のありようの追求であり、おそらくその過程では、これまでとは大きく異なる生き方を模索していく必要があるのではないかと思います。では、エコツーリズムとは、そうした社会運動的な側面を持つものなのでしょうか。
残念ながら、沖縄におけるエコツーリズム運動を過去約15年ほど見てきた限りでは、この運動に関わっている人や団体のほとんどは「言っていること」と「やっていること」が、あまりにも違う、自分たちの掲げる理念にさえ不誠実な方々に見えます。
「努力はしている」と言われそうですが、ゼロからの取り組みで、入域者数や利用場所の縛りをかけやすかった状態から、15年間もシステム整備はほったらかしで、利用拡大のみに邁進してきたのですから、そんな言い訳は通用するものではありません。これまで無責任に啓蒙、導入、推進してきた人々の罪は明らかであると思います。やはり日本におけるエコツーリズムは、新たな自然破壊要因でしかないのです。
次回は、日本のエコツーリズム運動が持つ構造的問題について考えます。
(つづく)
写真2. ピナイサーラの滝上からの風景。ガイドツアーによりこの場所も大衆化した。素晴らしい風景を共有することは一見良いことのようだが、この景観は、人跡が稀だったからこそ守られてきたのだということを忘れてはならない。
(奧田夏樹)
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シリーズ:自然−人間共生系の未来を考える
・「エコツアー」の現場検証(1)
・「エコツアー」の現場検証(2)
・「エコツアー」の現場検証(3)
・「エコツアー」の現場検証(4)
関連記事:
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※ここで紹介する内容の一部は、特定非営利活動法人高木仁三郎市民科学基金より、第4回(2004年度)調査研究助成を受け実施された研究「エコツーリズムが自然環境に及ぼす影響についての研究」の成果に基づいています。
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