◇見えぬ子供の未来
「子供医療保険制度がなければ、今ごろ私はここにはいませんでした」。9月下旬、メリーランド州ボルティモアのグレアム・フロスト君(12)は野党・民主党が運営するラジオでこう訴えた。3年前、交通事故で脳を損傷。大手術を受けたが、巨額の治療費は保険でカバーされた。後遺症が残るフロスト君は弱々しい声で続けた。「なぜブッシュ大統領は助けが必要な子供から保険を奪おうとするのですか」
10月3日、ブッシュ大統領はフロスト君に適用された低所得者向け子供医療保険制度の拡大法案に拒否権を行使した。議会で可決された法案は所得制限を緩和し、対象を現在の660万人から1000万人に拡大する内容。実現すれば今後5年間の助成額は350億ドル(約4兆円)増え、総額約600億ドルとなる。
ブッシュ政権は拒否の理由について「年収が最高8万ドル超の貧しいとは言えない家庭」(ガレスピー大統領顧問)にまで対象が広がり、財政支出が大きく膨らむ点を指摘。民主党のディーン全国委員長は「イラクに巨費を投じる一方で、子供たちに必要な医療を拒んでいる」とブッシュ大統領の対応を批判した。
民主党には、来年11月の大統領選と同時実施の議会選挙を控え、福祉重視の姿勢を強調する思惑がある。一方、議会共和党も選挙をにらみ、「福祉切り捨て」との印象は回避したいのが本音だ。
共和党は不法移民が助成対象にならないよう、市民権証明書の提示義務などを盛り込んだ修正案を提示した。同党支持者が主張する不法移民規制を持ち出し、バラマキ批判をかわす狙いだ。
しかし、民主党下院の黒人、中南米系、アジア系議員団長ら8議員は今月6日、ペロシ議長に書簡を送り、「市民権証明書の提示は少数民族の保険加入を遠ざける」として修正案での妥協をけん制している。
民主党は、暫定的に現制度を1年間延長し、来年秋に再び法案を採決するシナリオも検討している。選挙直前に共和党に「踏み絵」を迫る戦略だが、共和党側は「福祉を政治利用している」と反発する。
医療問題への国民の関心はイラクに次いで高い。議会は選挙目当ての思惑が交錯し、機能不全の状態だ。ヘリテージ財団のニーナ・オーチャレンコ上級政策アナリストは「(現状で)意味ある合意はできない。仕切り直して、子供全体の医療保険について幅広い議論が必要だ」と指摘している。【ワシントン及川正也】=おわり
毎日新聞 2007年11月17日 東京朝刊