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米空軍の極秘電子戦攻撃でロシア製地対空ミサイル沈黙(イスラエル軍シリア㊙核施設空爆続報)

作成:2007-11-16、 松尾芳郎

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図:(Israeli Weapons)イスラエル空軍(IAF)のF-16I、原型はF-16ブロック52、IAFは102機を発注、これまでにほぼ半数を受領済。複座型で前席はパイロット、後席は電子戦要員。胴体下に対地攻撃用の目標設定装置「Litening Targeting Pod」を装備、携行するスパイス(Spice)-2000精密誘導爆弾に最新データを伝え精密爆撃を実行する。

去る96日にイスラエル空軍(IAF)がシリア核施設を攻撃、成功裏に作戦を完了した事は、本「JAN」で度々紹介されてきた。IAFでは本作戦を「オーチャード作戦」と呼び、「シリア内陸部にある軍事施設を攻撃した」とだけ報じている。これに関連する情報は、イスラエルも協力したとされるアメリカも口を閉じていて、奇妙な事に攻撃を受けたシリア当局も多くを語っていない。しかし徐々に明らかになりつつあり近着の外誌等によると、その全容はかなり複雑で「事実は小説よりも奇なり」と言っても良さそうだ。

先ず、問題の核開発関連施設だが、これはシリア国防軍の所管で極秘事項とされ、その所在はシリア政府にも詳細な報告がされていなかったらしい。この施設はシリア奥地のダル・アズ・ザワル近郊に作られた核開発センターで北朝鮮の協力を得て最近完成したか、あるいは完成に近ずいていたとされる。96日の前週には北朝鮮の船舶がシリア地中海沿岸の港に入港、濃縮ウランがこの施設に搬入された、と言われている。

作戦には、今年6月打上げたばかりのイスラエル軍事偵察衛星が参加、またシリア側レーダと対空ミサイルを制圧するため、最新の「スーター(Suter)」と呼ばれる電子戦攻撃ソフトウエアが使われ、レーダ網を撹乱し攻撃部隊を護ったと言われる。この「スーター3」を使用したのはイスラエル機か、米軍機か、あるいはイスラエルか米軍の無人偵察機か、不明だが、このソフトの開発の経緯から米軍機である可能性も否定できない。

イスラエルと米国は作戦の詳細を明らかにしていないが、これはシリアの内情、つまり軍/政府間の連携不十分を暴露してシリア政府を怒らせたくない事が理由の一つ。また、攻撃に際し北部のトルコ国境を侵犯したことも、公になれば外交問題に発展する恐れがあるためだ。トルコはすでにシリアとの国境の領内でイスラエル機が投棄したドロップタンク(後述の370ガロンタンク)を発見入手済み。イスラエルのオルマート首相は本件に関し「トルコの主権を侵犯した事実があれば謝罪したい」と述べるに止めている。

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図:(Hans Michaud/Aviation Week)シリア空爆のコースは依然として不明。シリア政府はトルコとの国境の町タル・アル・アブヤドが攻撃されたと言い、イスラエル側は南部のユーフラテス川沿いのダヤ・アズ・ザワルの核施設が目標だったと認めている。

今回の攻撃の計画を立てるに際し、そのきっかけの役目をしたのは2007611日にイスラエルから打上げ、310km 600kmの地球周回軌道を飛行中のイスラエルの偵察衛星オフェク-(Ofeq-7)である。この衛星はイラン、イラク、シリアを監視する目的でイスラエル国内の企業連合で開発され、高解像度の光学・電子(EO)センサーを備え50㌢の解像度でこれ等諸国の動きを常時監視していると言う。そればかりでなく、この衛星は、撮影した目標のEO画像を直ちに攻撃機にダウンリンク、機上装置で処理し携行する誘導兵器にロードし、爆撃精度向上に使われる。

シリア攻撃に使われた機体は最新のロッキード・マーチンF-16I(Sufa/)戦闘攻撃機、これは複座型で20042月からイスラエル空軍(IAF)に配備が始まっており、これまでに50機以上が配備済、合計102機を購入する。購入費用は総額で45億㌦、1機当りの価格は約50億円だ。イスラエルはこれ迄に配備済の機体を加えると、F-16は合計362機となり米国に次ぐ世界第二の保有国となる。

大型燃料タンクを付けた場合、空中給油なしで大型精密誘導爆弾2基を携行したF-16Iの戦闘行動半径は800kmを超え、イラン全域とリビアまで拡大する。

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図:(Israeli weapons)F-16Iの見取図、全体の25%にイスラエル製の部品、装備品を使用。

A.コンフォーマル燃料タンク、胴体両側で450ガロン収納可能。

B.600ガロン主翼タンク、空中投棄はできない。通常は投棄可能な370ガロンタンクを使用。

C.ランデイングギア、最大離陸重量23.4㌧に耐えられる構造。

D.APG-68(V)9マルチモード・レーダ、機械式ビーム・スキャン方式だが、旧型より探知距離が30%伸び、合成開口モード(SAR)で遠距離から解像度の高い地上マッピング/目標探知が可能、従来モデルに較べレーダ処理速度が5倍、メモリ容量が3倍に向上。

E.目標設定システム(Targeting Sys)、胴体下右のセンサー・ステイションに、ロッキード・マーチン製スナイパーXR/パントラ、あるいはラファエル製目標設定装置を搭載、悪天候下でも遠距離から精密誘導爆弾攻撃が可能。

F.航法および偵察用ポッド、胴体下左のセンサー・ステイションにLANTIRN/パスファインダーの様な偵察ポッドを取付けられる。

G.コクピット、ヘルメット組込み型視認システム使用が可能、ヘッドアップ・デイスプレイと同じ機能をパイロットの向きに関係なくゴーグル内に表示できる。

F.ドーサル・アビオニクス・コンパートメント、電子装備品の収納の他に、フレア・デイスペンサーを追加搭載。

G.エンジンはP&W F100-PW-229、アフトバーナ時の推力29,100lbsを2基搭載。

今回の攻撃には、新しい目標設定装置「ライトニング・ターゲッテイング・ポッド」を搭載したF-16Iが使われた。これはイスラエルのラファエル(Lafael)社製で、優れた電子-光学(EO)追跡機能(レーザー使用)を備え空中/地上を問わず、遠距離からあらゆる気象条件下で目標を追尾できる。得られた情報を携行する精密誘導爆弾に伝達、精度の高い攻撃を可能にする装置だ。

携行したのは「スパイス(Spice=Smart Precise Impact and Cost Effective Guidance Kit)2000」、精密誘導爆弾でやはりラファエル社製。スパイス2000は、イスラエルが以前に開発したポパイ巡航ミサイルの機首部分と尾部を利用して、無誘導のMk-84 2000lbs(約1㌧)爆弾に取付け、精密誘導爆弾に変身させたもの、射程は60kmで目標の3㍍以内(CEP)に着弾できる。米国では似た方法でMk-84を精密誘導爆弾に改修、GBU-31として使用しているが、こちらはGPS誘導で射程距離は24km。スパイス2000は、赤外線IR/CCD-TVシーカーと勝れた視程照合ソフトを備えているので如何なる天候下でも使用できる。IAFでは、精密誘導爆弾の開発に当って、GPS誘導は電波妨害を受けた場合精度が落ちるので選択せず、EOガイダンスを採用した、としている。

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図:(Deagel.com)パリ航空ショウで展示されたスパイス2000精密誘導爆弾。Mk-84通常爆弾(1㌧)の機首と後部にポパイ巡航ミサイルの誘導装置を取付け精密誘導爆弾に改良した。2005年からイスラエル空軍F-16用に配備されている。

今回の攻撃では、スパイス2000誘導爆弾へ最終データを与えたのは、「ライトニング・ターゲッテイング・ポッド」ではなく、「オフェク-7」偵察衛星から目標の精密画像がF-16I機に送られ、機上装置で処理してスパイス2000に転送するという手順で行われた。これは、偵察衛星を実戦で活用する経験を得るためだったとされている。

前述した様にスパイス200060kmの距離で投弾、正確に目標に到達できるが、これは中東諸国が持つ拠点防空システム/短距離SAMの射程外から攻撃するための要件だと言う。

シリアの対空ミサイル(SAM)防空網はロシア製で構成されていて、拠点防空用として「トール(Tor)M1」システム、中長距離SAMはやや旧式なペコラ(Pechora)2Aを配備中。そして新型の中長距離「SAM S-300(SA-10 Grumble/SA-20/SA-12)」の購入をロシアと交渉中としている。

シリアが現在最も力を入れているのはトール(Tor)M1の整備。シリアは数十両のトール・システムをロシアから購入、核施設を含め重要施設周辺に配備している。

トール-M1(またはSA-15 Gauntlet)は第5世代のSAMで自走式と固定式システムがあり、1台で48個の目標を追跡、同時に2目標を攻撃できる。射程は25kmS-300には及ばないが、その垂直発射型固体燃料ミサイルは速度M2+、航空機相手では命中率90%、精密誘導爆弾や巡航ミサイルの迎撃では命中率は6090%位。価格が低廉でポイント防空の要件に適合している。トールM1はシリアの他に、中国/75両以上、イラン/29両、ギリシャ/21両、等での配備が進んでいる。

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図:(Defense-update.com)Tor M1防空システムTLV(Transporter Launcher Vehicle)、斜め前方の姿、ミサイル8基を搭載、メッシュ状レーダは折りたたみ式、後部に誘導用アレイアンテナ。TLV 4両で一個小隊、3~5小隊で一個大隊を編成する。

このようにシリアの防空システムは完全でないにしろ、全国に展開する防空レーダ網で侵入機をキャッチ、「トールM-1SAMと連携し防空に当れば、非ステルス性のF-16I戦闘機の侵攻には対処できた筈だ。しかし事実は全機任務を遂行し帰還している。

これには最新の「スーター(Suter)3」と呼ばれる「ネットワーク攻撃用プログラム」が使われたと言われている。「スーター」はBAE社が開発し、これを米国のL-3コミュニケーションズ社が無人/有人の航空機搭載用としたシステムで、2006年夏に試験に成功した。EC-130F-16CJに搭載、イラクやアフガニスタンで試験的に使われた。イスラエルもシリアの防空網突破の切り札として研究している。米空軍は、イスラエルが今回の「オーチャード作戦」に「スーター3」ソフトを使いシリアの防空レーダ網を無能力化したのではないか、と推測している。しかし、明らかにされている限りでは、IAFF-16Iには「スーター3」ソフトを扱える電子装備品は搭載されていないように見える。

「スーター3・ネットワーク攻撃ソフト」は、単なる敵電波のジャミングに止まらず、敵の通信ネットワークに侵入し、探知された味方機の位置情報を変更して、偽の情報として敵システムの中枢に注入、神経系統を混乱させる優れものだ。つまり、敵レーダの照射を感知するや、その発信源/エミッターの位置を正確に探知、直ちに敵レーダの反射波に偽の目標データやメッセージを潜入させ、レーダのみならず戦術ネットワーク網に入り偽情報を注入して防空機能を不能にできる。

クエートのアル・ワタン(Al Watan)紙は「今回は米軍機がイスラエル機を上空からカバーし、攻撃を成功に導いた」と報じ、続けて「ロシアの軍事専門家は、ロシアが提供した二つの新型レーダ・システムが、何故シリア領空に侵入したイスラエル機を捕捉できなかったか、検討中だ」と述べている。シリアと同じシステムを持つイラン政府も同様の疑問を投げ掛けている。

この話から;-

(1)   IAF機ではなく、米軍の電子戦攻撃機が「スーター・ネットワーク攻撃システム」を使って、IAFF-16Iをエアカバーし攻撃に関与した?

(2)   シリアには「トールM-1」以外にもう一つ、中長距離対空ミサイル「S-300」がすでに配備されている?

と言った疑問が生じる。

ここからは推測だが、イスラエル機を援護したのは、米海軍の電子戦攻撃機「EA-18Gグロウラー」だった可能性がある。EA-18GF/A-18F複座型スーパー・ホーネットを基に、最新の電子装置を搭載、これまで40年間使ってきた電子戦攻撃機「EA-6Bプロウラー」に替わる新しい電子戦専用の攻撃機である。両翼端にはALQ-218レーダ波受信ポッド、翼下面のパイロンには外翼/AGM-88対レーダ・ミサイル、中翼/ALQ-99ハイバンド・ジャミングポッド、内翼/480ガロン燃料タンク、をそれぞれ2基ずつ装着し、胴体下面にはALQ-99ロウバンド・ジャミングポッドを装備する。また胴体両脇には対空戦闘用に空対空ミサイルAIM-120 AMRAAMを取付ける。米海軍は57機を発注、今年から初期少量生産を行っており、本格的量産は2008年から予定している。

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図:(Boeing)EA-18Gグロウラー、両翼パイロンと胴体下にALQ-99ジャミングポッドが、また、その内側パイロンには燃料タンクが見える。この写真では両翼端のALQ-218受信ポッドと翼下面パイロンのAGM-88対レーダ・ミサイル(HARM)は付いていない。

シリアが購入を交渉中と言われる中長距離用の「S-300 / SA-12」は、弾道ミサイルと航空機の迎撃用で射程75kmM5+の超音速で目標を追尾する。イスラエルが開発した「アロウ」SAMと同等の性能を持つと見られている。中国にはすでに多数を納入済、現在はイラン、シリアと売却交渉を行っている。ロシアでは現在「トールM-1」と「S-300」を統合した防空システムを開発中。

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図:(sino defense.com)ロシア製中長距離対空ミサイルS-300 / SA12、4発搭載のトレーラー移動式で探査レーダ車両、指揮車両と共に行動する。中国ではS-300初期型が1993年から配備が始まり、昨年までに発射トレーラーは160台に、搭載ミサイルは予備を含め1000基以上、が台湾海峡に面した地域、北京周辺等に配置されている。

以上を総合して「オーチャード作戦」を推測して描くと、次のシナリオとなるか:-

(1)   イスラエルの「オフェク-7」偵察衛星が北朝鮮貨物船から目標施設への核物質搬入を確認

(2)   「オーチャード作戦」発動、「F-16I」攻撃部隊がネゲブ砂漠の基地から発進、地中海からトルコ・シリア国境沿いルートでシリア内陸部目標に侵入

(3)   攻撃部隊をシリア対空ミサイル網から護るために、上空から「スーター3」ソフトを使いレーダ網を無力化、これには米軍機が関与?

(4)   攻撃部隊は「オフェク-7」偵察衛星からの最新情報を得て、遠距離から「スパイス2000」精密誘導爆弾を発射、目標に誘導、完全破壊に成功

(5)   帰途、攻撃部隊は往路と同じ経路を採り、空になった燃料増槽を国境付近で投棄、一部がトルコ領内に落下

(6)   全機無事に帰還

ここで注目されるのは、本作戦に使われた機器、ソフトが何れも最新型であった点である。「オフェク-7」衛星に始まり「F-16I」戦闘攻撃機、「スーター3」電子戦ソフト、「スパイス2000」精密誘導爆弾、(それにEA-18Gグロウラー?)等、の機器やソフトは今迄試験的には使われて来た。しかし本格的運用は今回が初めてである。従って、本作戦はこれ等新兵器の実証試験の意味もあったのでは、と推測できる。

今回の攻撃で目標を破壊すると言う軍事目的は達成されたが、それに止まらず重要な事は、『イスラエルは自国を脅かす如何なる動きにも敏速に対応する』事を改めて世界に示した点である。

―以上―

References:

Aviation Week Nov 5 2007, page 32, June 18 2007, page 39, Oct 8 2007, page 28,

www.israeli.weapons

www.defense-update, Rafael Litening Targeting pod, July 8 2002

www.defense-update, Tor M1 9M330 air defense system

Wikipedia Tor missile system

Military Analysis network 9K331 Tor

Sinodefense S-300PMU

www.global security.org. ALQ-99 Tactical jamming system

Wikipedia EA-18 Growler

Wikipedia AGM-88

Wikipedia Suter computer program

The Register Israel suspected of “hacking” Syrian air defences,4 Oct 2007

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