記者の目

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記者の目:臓器移植法改正、急ぐな=大場あい(科学環境部)

 ◇ドナー家族へのケア不足--長期脳死も未解明

 脳死からの臓器提供を認めた臓器移植法が先月、施行からまる10年を迎えた。脳死からの臓器提供者(ドナー)は計62人で、他の先進国に比べかなり少ない。このため、提供数の増加を目指す改正2案が議員立法として国会に提出されている。だが、法改正を急ぐべきではないと思う。提供を巡って精神的悩みを抱えることも多いドナー家族のケアや小児の脳死判定の難しさなどに関する議論が、まだ不十分だからだ。

 私は、法施行からの10年間と今後の移植医療の行方を考える連載「検証・脳死移植」(10月に掲載)の取材班に加わり、「移植先進国」と言われる米国などを取材した。日本と大きく異なっていたのは、ドナー家族の精神的なケアなど、移植後の対応だった。

 米フロリダ州のジョージー・フローレスさんの母親は7年前に脳死となった。心臓と腎臓を提供したが、今でも母の死を納得できない時がある。「親しい人の体を傷つけたくないという気持ちを持つのは当然。提供が正しいことだったのかを悩む人も多い」と語る。

 米国ではこうした人々を臓器調達機関(OPO)のスタッフが支援している。OPOは全米に58あり、移植のあっせん業務を担っているが、別に移植後のドナー家族をケアする専門スタッフがいる。マイアミ大のOPOは、無期限の無料カウンセリング制度を設けていた。彼らは「助けが必要な人がいるからやっているだけ」と話したが、移植医療への理解を広めることにもつながっている。

 日本では、日本臓器移植ネットワークが移植のあっせんをしているが、提供後のドナー家族をフォローする専門スタッフはいない。

 今年6月、息子が心停止後に腎臓を提供した母親(67)から「ドナーやその家族は使い捨てにされている」と訴える手紙をもらった。臓器を売ってもうけたなどのうわさを立てられたが、「どこにも助けの求めようがなかった」という。

 現行法は、臓器提供をする場合に限り脳死を人の死とする。ドナー本人が生前に書面で意思表示していることが前提だ。民法上の遺言可能年齢を参考に、提供者は15歳以上とされた。

 改正2案は、こうした条件の緩和を掲げている。一つは、米国のように一律に脳死を「人の死」とし、年齢に関係なく家族同意だけで臓器提供可能とする。もう一つは、提供可能年齢を15歳以上から12歳以上に引き下げるというものだ。

 だが、ドナー家族を思いやる気持ちなしに、移植医療は成り立たない。家族の悩みを受け止め、支援をする専門スタッフを、移植ネットなどに早急に配置する必要がある。ドナー家族を中傷するような、社会の無理解を解消するための情報提供活動の充実も欠かせない。

 取材では、小児の脳死についても、問題が多いと感じた。小児の場合、脳死と診断された後も長期間、心停止に至らないケースがかなり見られる。旧厚生省研究班の00年の報告では、脳死から心停止まで30日以上経過した「長期脳死」例が小児脳死の約2割あった。

 関東地方在住の女性の長男(8)は、脳死状態と診断されてから7年たったいまも、心臓は動き続けている。人工呼吸器をつけて、鼻に通した管から栄養を入れている。全身状態が悪くなった時は入院治療を受けるが、通常は自宅にいる。女性は「脳死が一律に人の死とされたら、うちの子は、生きててもしょうがないと言われるようになるかもしれない」と懸念する。

 長期脳死について研究班は「今後の研究をまつ必要がある」としたが、調査や研究は進んでいない。小児からの脳死臓器提供を認める前に、長期脳死の理由を解明すべきだ。また、脳死と診断されても治療継続を望む家族を不安にさせることがあってはならない。

 法改正は、脳死からの臓器提供の増加が狙いだが、ドナーという第三者の死が前提となっている。法律が変わったとしても、その数には限りがある。

 米国では06年、8000人以上が死後(脳死を含む)に臓器を提供し、2000人以上が心臓移植を受けた。だが、移植を待つ患者は約10万人に達し、ドナー不足は深刻なままだ。日本の待機患者は約1万2000人と米国より少ないが、法改正でドナー不足が解消されることはないだろう。

 その現実を踏まえたうえで、臓器移植を定着させるためには、ドナー家族に「使い捨てにされた」などと決して感じさせないような支援と、国民の疑問に答える地道な活動を続けていくしかない。こうしたことが不十分なまま、法改正を急げば、逆に国民の不信を招くことにもなりかねない。

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 「記者の目」へのご意見は〒100-8051 毎日新聞「記者の目」係へ。メールアドレスkishanome@mbx.mainichi.co.jp

毎日新聞 2007年11月16日 東京朝刊

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