◇緊急治療も金優先
「この州法を徹底させたい。第2のマニーさんを出さないためにも」。先月30日、ニューヨーク市役所での集会でクイン市議会議長が声を張り上げた。マニーさんは約3年前、無保険のために十分な治療を受けられず24歳で亡くなった男性だ。
遺族や支援者は無保険者の診療に道を開く法整備を求め、今年1月、新たなニューヨーク州法(通称マニー法)が制定された。同法の施行状況が報告された集会で、母レビア・ピエトロさん(44)は遺影を手に「無保険で息子を失うのは私たちを最後に」と訴えた。
レストランで料理人をしていたマニーさんは04年9月、脳梗塞(こうそく)で倒れ、ニューヨーク市内の病院に運ばれた。保険加入手続きを終えた直後だったが、加入が認められるのは1カ月後だった。保険会社は支払いを拒否。レビアさんは「病院は『保険はどうなっている』『支払いはどうするのか』とお金のことばかり聞いてきた」と振り返る。
すぐに頭を手術するよう求めた家族に対し、病院側は緊急性を認めなかった。マニーさんは手術を待ちながら05年1月に死亡。遺族には入院費用など4万2000ドル(約480万円)の請求書が届いた。1986年制定の州法は緊急時の無保険者への治療拒否を禁じている。だが、治療費が回収できないことを恐れ、緊急の定義を厳しく適用する病院も少なくない。
早く手術すれば助かったかもしれないと悔やむレビアさんらは、医療過誤の有無について市保健局に調査を依頼。これをきっかけにクイン議長ら市議会も新法制定を州に働きかけ始めた。背景には無保険のため治療を拒否された患者や遺族の強い不満がある。
昨年1月、腎不全で44歳の生涯を閉じたメアリー・マスシコリさんもその一人だ。障害児と年老いた母を抱えて働けず、保険に加入していなかった。体調を崩し入院したが、透析治療が遅れて死亡した。非政府組織などによると、こうした例は全米で年間約1万8000件に上ると見られる。マスシコリさんの妹で弁護士のジーネ・デスポシトさん(43)は「この国では、福祉でさえ(利益第一主義の)産業になり、人間の幸福を奪っている」と憤慨する。
病院に緊急時以外の治療も義務付けるマニー法の制定を受け、州は支払いの滞りを想定し、医療基金から毎年約10億ドルを病院へ支出できるようにした。だが、調査によると2割以上の病院はこうした仕組みさえ知らない。行き過ぎた福祉の産業化を是正する動きは、始まったばかりだ。【ニューヨーク小倉孝保】=つづく
毎日新聞 2007年11月15日 東京朝刊