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里の幸せ見守って万年 JR津山線・亀甲駅

ぷらっと沿線紀行(15)

 緑したたる中国山地、JR津山線を疾走するはその名もめでたき快速「ことぶき」。津山駅から約10分、車窓に迫るこれまためでたき亀甲(かめのこう)駅は、その名の通り亀甲(きっこう)模様の駅舎屋根、にょきり突き出た黄金色の亀の首。

写真田園風景の中にこつぜんと姿を現す亀甲駅の駅舎。巨大なカメの目は時計になっている
写真「甲羅」にほこらと石碑が立つ亀甲岩
写真亀甲駅では本物のカメも飼われている=いずれも岡山県美咲町で
写真土偶が張り付く木造駅=青森県つがる市で
写真角もある「鬼面」東栄駅=愛知県東栄町で
写真目がつぶらなカッパの田主丸駅=福岡県久留米市で
地図   

 口角上げてほほ笑む亀の両目は時計の文字盤だ。「仕事柄つい腕の時計と比べるが、合ってるんだよ、大したもんだ」と車掌の宇津木満さん(51)。待合室の水槽には4匹のクサガメ。美咲中央小6年の佐々木健悟くん(11)は「列車が来るまで一緒に遊ぶ。亀そっくりの駅は、たくましい感じで自慢だよ」。

 親亀子亀、孫亀まで乗る銅像に待合室の亀甲机。内から外から多様な亀が乗降客を見守るここは、名実共に亀が主役の亀の駅。由来は駅から歩いて5分、伝説まつわる「亀甲岩」だ。

 昔、諸国を巡る巡礼がこの地で行き倒れた。あわれんだ里人が手厚く葬ると、月の青い夜、亀の甲羅に似た巨大な岩が地中からせり上がり、背には弘法大師の像が立っていた――。

 城主の別荘用地から亀に似た石が出た、との説もあるが、親しまれているのは弘法大師説の方。里人の慈悲の心に呼応した岩は、郷土の誇りとなり、地名となり、駅名となった。

 駅舎まで作ってしまったのはこの町ぐらいだが、実は“亀”と呼ばれる岩や石は全国にある。人々は古来、自然の中に、無数の亀を見てきたらしい。

■石に宝を見るこころ

 どこが手足か、首か尾か。亀甲岩は長さ16メートル幅10メートル、こんもり2メートルほど盛り上がる灰色の石英粗面岩。岡山と津山を結ぶ旧街道「津山往来」に続く路傍にひっそりうずくまる。

 「亀に見えるかね」と、隣に住む荒田拓之さん(70)。「私らには見えるよ。子どもの頃、よう駆け上がって遊んだな」。荒田家は代々、庭に顔を出す岩に神酒を供え、手を合わせてきた。「御利益は願わんようにしとる。地域の皆の岩だもの」

    ◇

 この山里に中国鉄道(現中鉄バス)津山線が開通し、亀甲停車場ができたのは1898(明治31)年の暮れのこと。「駅は外の世界への貴重な扉。神聖な岩の名に亀が象徴する幸福や安全への願いも託したのでは」と奥村忠夫・美咲町長(66)。合併前の中央町町制40周年記念事業で、駅が亀に変身した95年には町議会議長だった。「古風な旧駅舎を惜しむ声もあり、内心は複雑だった」と振り返る。話題にはなったが、学生が「亀の駅から来よる」とからかわれたことも。それも下火となった99年、中央町長に。「亀は地域のシンボル」ととらえてバスに描き、亀グッズや行事でアピールしてきた。

 「でもこの町の根幹は、困っている人に手をさしのべた里人の心。形だけじゃいかんのよ」

 04年、ホームレスを町で雇用する取り組みを始めた。第三セクターで働く男性(56)は借金で家を失い死も思い「逃げ場を求めて」ここに来た。老後など不安がないわけではないが、「夜が静かでぐっすり眠れる。ここで生きよう、思うてる」。

 過疎に悩む町の人材確保政策の一面はある。だが現に2人が職と居場所を得、新たな生を歩んでいる。亀甲岩の上、里の月は今も青く輝く。

 それでも、この岩に亀を見るのは難しい。「洋の東西で古来、大地を支え、災厄を防ぐ霊獣とされつつも身近な亀は、全国の景勝地にある動物や神仏への“見立て”の中でも最多級。でもそっくりは少ないよ」と亀コレクターの地質学者、加藤碩一(ひろかず)・産業技術総合研究所理事(59)。「人間の方から自然の造形に歩み寄り、名を与え、物語を紡ぐものだから。自然崇拝の思想が生きている」

 日本唯一という静岡県河津町の亀の水族館「伊豆アンディランド」の千田英詞(ちだ・えいじ)支配人(32)は「人より長寿なものもある亀を神に近いと感じ似た石を見過ごさずきたのでは」。

    ◇

 京都の禅寺、大仙院の庭には名石「宝船」の前に亀石がある。「亀が流れをさかのぼり、船が進んどるように見えるやろ」と尾関宗園住職(75)。「どちらも動きゃせん。見る心が動いとるのよ」。小さな亀石が実は庭で最大という。「見えるのは氷山の如く岩のごく一部。目に映る姿などしょせん偽物と思わんか」

 津山往来の旅人に祈られてきた亀甲岩の名を継ぐ駅は、亀の姿を得て分身となり乗降客を見守り続ける。弘法大師は「般若心経秘鍵(ひけん)」で「解宝(げほう)の人(にん)は砿(こう)石を宝と見る」と説いた。見分ける力のある人は、石に宝を見る――。自然に亀を見るのも人、降り積む思いで神性を与えるのも人。真の亀は心の中にいるのだ。

鉄っちゃんの聞きかじり<ワタシもおいらもフィギュア系>

 駅は町の玄関口。乗降客へのインパクトを狙い、郷土の象徴を実体化してしまったフィギュア系の駅舎は各地にある。

 青森県つがる市のJR五能線木造(きづくり)駅で迎えるのは、身長17.3メートルの「しゃこちゃん」。市内の亀ケ岡遺跡出土の遮光器土偶をモデルに92年、完成した。列車が近づくと目が点滅する。「昔は怖がる子もいたが、もうなじんだ」と委託改札員。1日の乗降客300人の8割が高校生。目の光は駅から少し離れねば見えず、「見た時は乗り遅れる時」(高3男子)。

 JR飯田線の東栄(とうえい)駅(愛知県)は、林業の町の特性を生かした「三河材活用施設整備事業」で92年、最大のイベント「花祭り」由来の鬼の面に変身。無人駅だが、改札を出ると“等身大”の、赤と緑の鬼が待つ。

 福岡県・JR久大線の田主丸(たぬしまる)駅は92年、地元の工業高校生徒のデザインで、町に伝説が残る河童(かっぱ)と化した。ホーム脇には巨大河童像があり、ひざに座り写真が撮れる。

 木造駅と田主丸駅の原資は“ふるさと創生1億円”。「無駄遣いとの声もあったが、忘れがたく、PR効果は大」と長谷川勝則・つがる市総務部長。なるほど、駅ならば金塊のように盗まれることもない。

探索コース

 亀甲から3駅で美作の中心都市・津山。「つやま自然のふしぎ館」には世界の生き物の剥製(はくせい)や標本と共に創設者・故森本慶三氏自身の心臓や肺などの内臓を展示。付設の「歴史民俗館」では森本家の祖先で江戸時代、アンコールワットに“落書き”した右近太夫一房を紹介。「津山郷土博物館」には市内で化石が発見された古生物パレオパラドキシアの骨格復元模型がある。

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