社会派推理小説のブームを巻き起こした芥川賞作家松本清張氏(一九〇九〜九二年)は、岡山県境に接する鳥取県日南町にゆかりがある。
ある取材で四年前、父親が日南町の生まれであること、そして町を舞台にした短編「父系の指」が書かれていることを役場の人から教えてもらった。読んでみると自伝的な小説だった。
清張氏は、北九州市の生まれ。父から故郷の話をおとぎ話のように聞かされた。自慢するのが船通山(せんつうざん)で「頂上には根まわり五間(けん)もある大けな栂(つが)の木が立っとってのう、二千年からの古い木じゃ」と語る。お人よしで貧乏な生涯を送った父への反発と憤り。その指が自分の指と似ていることの嫌悪。大正、昭和の暗い時代を背景に清張氏の苦労の半生を垣間見るような作品だ。
その船通山は日南町と島根県奥出雲町の境にある。山好きな私は清張氏の脳裏にある山にどうしても登りたくなった。十月、日南町側から入ると、確かに頂上直下に巨木があった。小説には栂と記されているが、実際はイチイの木だった。
ハンセン病を題材の一つとして、映画にもなった有名な小説「砂の器」には、この山のふもとに近い奥出雲町の「亀嵩(かめだけ)」が登場する。背景には父の出身地が影響していると思う。
「父系の指」が心に迫る。親のここだけは似たくないと思いながら、似ている自分に気付いたとき、血の因縁を感じ、何ともいえない気分になる。船通山に登り、小説の中に自分を置き、あらためて清張氏の世界に浸ってみる。
(地域活動部・赤田貞治)