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動けなくても生きる


日本ALS協会近畿ブロック会長・和中勝三(わなか かつみ)さん(58)

 全身の筋肉がだんだん動かなくなり、ついには自力で息もできなくなる。筋委縮性側索硬化症(ALS)は、そういう病気だ。日本ALS協会近畿ブロック会長の和中勝三さん(58)は、病気が進行して呼吸困難に陥り、人工呼吸器を装着して10年近くなる。声を失い、体もほとんど動かない。それでも、ほおのわずかな動きでパソコンを操作し、「精いっぱい生きたい」とほほえむ。

パソコン使い友らと対話


左ほおの動きで意思を伝える和中勝三さん。一つの文字をパソコンに表示するのに数秒から十数秒かかる(和歌山市和歌浦南の自宅で)

 和歌山市内の自宅を11月初めに訪問した。和中さんが横たわるベッドの上に取り付けられたパソコン画面に、「ようこそいらっしゃいました」と、歓迎の言葉が打ち出されていた。

 左のほおにつけたタッチセンサーで、50音のひらがなの表などが示された画面を見ながら、マーカーを走らせたり止めたりして文字を選択する。以前は左手の親指で操作していたが、今年4月から動きにくくなり、ほおに変えたという。記者が質問すると、一つの問いに数分かけて返事を入力してくれた。

 今では、一日中パソコンを使っても疲れません。苦しい時や痛い時は、思うがままに自分の意思を打ち続け、伝えるだけで苦しみや痛みが半減します。意思が自由に伝えられることで、人間らしく生きられるのです。

 右手の握力が下がり、体がだるくなるなど、異変を感じたのは1990年。脱サラして始めた鮮魚商の商売が面白くなったころだった。検査入院した和歌山市内の病院では、急激な脊髄(せきずい)の老化と説明を受けた。治るはずと信じて、いくつもの病院を転々とし、ALSという病名を告げられたのは2年後だった。

 うすうすおかしいと感じていたが、真実を知ると、生きる希望を失って落ち込み、いらいらして家族にあたることもありました。小中学生だった3人の子どもにも「お父さんはあと3年で死ぬから、お母さんの言うことを聞いて、助けるのやで」と伝えました。

 国内のALS患者は約7000人(2004年度末)。意識や感覚はしっかりしているが、筋肉を動かす運動神経が徐々に破壊され、3〜5年で症状が全身に及ぶ。原因は不明で、進行を止める治療法も、まだない。


妻の育美さんとは、パソコンを使ってケンカすることもあるという

 でも、告知を受けるのは早いほうが良いと思います。一時期は悩み、苦しみますが、ALSから逃れることができないと分かると、闘うか、死ぬかで悩んだ末に開き直り、前向きに考えるようになります。

 かつては呼吸筋がまひすると終わりだったが、人工呼吸器の補助や医療ケア技術の向上で、長期療養が可能になった。

 告知当初、呼吸器を着けている自分の姿を見られるくらいなら早く死ぬほうがましだと思い、拒否しました。しかし気管支炎になって呼吸困難の苦しさを体験し、最後はのたうち回って苦しんで死ぬのかと思うと、怖くなってきました。家族からも「生きていてほしい」と懇願され、着ける決心をしたのです。

 人工呼吸器を装着せずに亡くなる患者も、まだ少なくない。

 呼吸器を着ける、着けないという判断は少しのことで変わります。ALSの告知を受けた段階では、精神的に不安定なので、医師は、呼吸器を着けるかどうかということを聞くべきではありません。私は死にそうになって初めて、生きることだけを考えるようになりました。

 告知から約15年。妻の育美さん(56)やホームヘルパーらの介護を受けながら在宅療養を続ける。食事は胃に直接つないだチューブから入れている。意思伝達装置は、難病患者向けの給付事業を利用できた。

 この15年間で、福祉サービスが向上したと感じます。一方、障害者自立支援法が昨年施行されてから、自己負担が増えました。見直してほしい。

 携帯用の会話補助装置もある。月に数回は外出し、ALS関係の会合に出席したり、看護学校の講演会に呼ばれたり。電子メールもやりとりして、積極的に友人や社会ともかかわっている。

 患者仲間の笑顔を見た時や、家族と一緒にいる時が一番幸せ。呼吸器を装着しても、苦しい日より、楽しい日の方がはるかに多い。ALSと告知されても、決してあきらめないでほしい。積極的に行動すれば、療養環境が良くなるのだから。

 1948年、和歌山市生まれ。化学メーカーに勤めた後、81年から鮮魚商を営む。92年10月にALSと告知された。96年の1月に気管切開、4月に人工呼吸器を装着。8月から在宅療養を始める。現在は週6回のホームヘルパー派遣、週3回の訪問看護、週1回の主治医の往診などを受けている。2004年から日本ALS協会近畿ブロック会長。個人のホームページ(http://www.jtw.zaq.ne.jp/cfbng303)もある。

2007年11月14日  読売新聞)

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