知られざる「チーム・マツイ」
レッドソックス戦の1回、右越えに2ランホーマーを放つヤンキースの松井秀(共同、5月23日 ヤンキースタジアム) |
(2007/05/25)
ヤンキースの松井秀喜は、鏡の前で裸になってポーズを取ったりしない。
5月11日付の日本経済新聞朝刊「ヒデキマツイ2007 【峠】 33歳…『まだ上り坂』」で、その話を書いた。
なぜか。
「筋肉が付いたからっていって、うれしいとか、そういうわけではない。それで、イコール野球のパフォーマンスが上がるとは限らないわけだから。見た目は、筋肉付いたなと思うかもしれないけど、そ
れが野球に直結するかどうかは、自分次第です。トレーニングはトレーニング。それをいかに野球につなげるかは、また別の話です」
松井の表情がキュッと引き締まった。
筋力トレーニングの際に付けているデータは今も上がり続けているという。だからといって一喜一憂しない。野球選手としての技量が上がっているかどうかは、体力データでは即断できない。
いつものように論理的な松井節である。
「年は意識しなくちゃいけない。今、何も感じていないから大丈夫、じゃなくて、そうなると思って備えていかないと。30歳ぐらいから思い始めました。ト
レーニングとか体のケアをしっかりやっていかなくちゃ」
では、具体的に何を実践しているのか。
松井には現在、3人の日本人の「先生」がいる。
まずは高校時代からかかりつけの整体師。次に筋力トレーニング担当のトレーナー、そしてPNF(固有受容性神経筋即通法)担当のトレーナーだ。
筋トレは文字通り筋肉を鍛えるものだが、聞きなれないPNFとは、いわゆる神経系のトレーニングのことだ。
「アメリカのリハビリから来ているもので、脳性まひの人とか、けがして体がうまく動かない人とか、そういう患者さんがメーンじゃないかと思う。も
ともと患者さんの神経を再び通わすための治療法なんです。それをスポーツに応用しているわけです」
筋トレで野球という運動行為に有益な筋肉組織をいくら増やしても、それをきちんと動かすことができなければ意味はない。筋トレで体をつくり、次にPNFで脳からの指令が、新
しい筋肉組織に正確かつ迅速に届くようにしなければならない。
「大事なのは筋肉の神経です。いくら筋力があっても、神経が通っていなければ、その筋肉を思い通りに動かせないわけでしょ。ボディービルの筋肉が、野球に役立つかといったらそうじゃないですよね」
だから、裸でポーズは取らない。
2月のキャンプから10月のシーズン終了まで、3人の先生が、ほぼ1カ月に1度、入れ替わりで日本から渡米する。昨年までは整体師とPNFトレーナーが年間を通して渡米していたが、今
年からは筋トレのトレーナーも呼び寄せている。つまり、松井の周りには、常に3人のうち誰かがいるといった感じの態勢になった。
「整体の先生は、これまでは開幕前から来てもらっていたんですが、今年からは時期を早めてキャンプから来てもらうようにしました。年だからということはないけど、もっとね、体
の手入れを頻繁にやったりとか、そういう意味で、体に気を使うことは増えてますよね」
筋力を増強し、かつ神経を鋭敏にし、そして、極限まで酷使した体全体をオーバーホールする。
松井が頼りにする3人の先生。背番号55の活躍の裏に知られざる「チーム・マツイ」の存在がある。
第4号ホームランを打った5月23日。今日はどの先生が来てるかなと思って、松井の関係者席をのぞくと、PNFの先生がひときわ大きな拍手をグラウンドに送っていた。
(ニューヨーク=朝田武蔵)
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