◇負債増で病院閉鎖
治安の悪さから夜はタクシー運転手も通行を怖がるロサンゼルス市南部。11月1日、サウスセントラル家族健康センターの待合室は中南米出身の移民たちであふれていた。住民の3分の1は連邦政府が定めた貧困ライン(4人家族で年収2万600ドル=約225万円)以下の生活で、民間の医療保険に加入する余裕はない。
センターはカリフォルニア州の補助を受け、無保険者を無料で治療し、薬を処方する。患者の7割は移民1世。米国籍なら「メディケイド」と呼ばれる貧困者向け公的医療保険を利用できるが、移民は対象外。彼らにとってセンターは命綱だ。
ただ、あくまで初期治療が主体。ジェネビーブ・フィルマディロシアン副所長は、「片耳が聞こえない」とスペイン語で訴える45歳の女性のため、あちこちに電話を掛け、無保険者を受け入れる専門医を探していた。「州の無保険者支援制度で補助金をもらっているが、センターが受け取れる診療報酬は1人80ドルが上限。足りない分は持ち出しになる。経営は常に火の車だ」。副所長は嘆く。
同州の無保険者は全米最多の約670万人。うち6割が中南米系住民だ。無保険者の未払い治療額は昨年、34億ドルに達し、病院経営を脅かす。州内430カ所の病院が抱える負債総額は86億ドル。累積債務に耐えられず、過去10年で70の病院が閉鎖に追い込まれた。
シュワルツェネッガー知事(共和党)は悪循環を断ち切ろうと、マサチューセッツ州に続く州民皆保険制度の創設方針を決めた。事業者に従業員の医療保険加入を義務付け、それができなければ給与支払総額に応じて最大4%の税を課し、低所得者向け補助金の財源にすることが柱だ。
しかし、これだけでは約140億ドルとみられる皆保険制度全体の財源には足りない。知事は医師からの徴税も提案したが、猛反発を受けて撤回。宝くじの民間委託で20億ドル分を補う案を再提案した。来秋の住民投票で導入の是非が決まる。
一方、60年以上医療問題にかかわってきたカリフォルニア大ロサンゼルス校のレスター・ブレスロウ公衆衛生学部長(92)は、民間主導の皆保険について「応急措置に過ぎない」と指摘。利益優先の現医療体制を憂い、欧州や日本のような公的医療保険の拡大を説く。「利権を失うことを恐れる保険業界は、それ(公的保険の拡大)は社会主義化だと国民を洗脳してきた」と米国の特殊性を強調した。【ロサンゼルス國枝すみれ】=つづく
毎日新聞 2007年11月14日 東京朝刊
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