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【産経抄】11月13日
このニュースのトピックス:偉大な日本人
沖縄戦について書かれた本の記述をうのみにして、大戦末期、当時の守備隊長らが、住民に集団自決を命令したと、決めつけただけではない。会ったこともない元隊長の心の中に入り込んでしまう。
▼「戦争犯罪人」であり「屠殺者」は、「あまりにも巨きい罪の巨塊」の前で「なんとか正気で生き伸びたいとねが」い、「かれのペテンはしだいにひとり歩きをはじめた」とまでいう。三十数年ぶりに『沖縄ノート』を読み返して、あらためてノーベル賞作家の想像力のはばたきに脱帽した。
▼もっとも、書かれた方はたまらない。個人名がなくても、隊長は島に1人しかいないのだから特定は容易だ。そもそも「軍命令などあり得ない」と、元守備隊長らが、著者の大江健三郎氏と岩波書店に損害賠償などを求めた訴訟を起こしている。
▼先週大阪地裁であった口頭弁論で、大江氏側から提出された陳述書を読んでまた驚いた。大江氏は元隊長ら個人に対してというより、当時の日本軍を貫いていた「タテの構造の力」、あるいは「日本人一般の資質に重ねることに批判の焦点を置いて」いるそうだ。
▼具体的な命令がなくても、皇民教育を受けていた住民が、最終的にはほかに道がないとの考えを、日ごろから植え付けられていたことも強調する。「すでに装置された時限爆弾としての『命令』」とは、いかにも“純文学的な”言い回しだが、元隊長のコメントに共感を覚えた。「要点を外し、なんとくだらん話をダラダラするのかといやになった」。
▼この裁判の意味は、原告の名誉回復にとどまらない。著名作家の想像力によって歴史がつづられ、政治的な圧力で教科書の検定結果が覆ろうとしている。歴史とは何かを問う裁判でもある。