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ゆがむ医療:’08米大統領選/1 途上国へ手術ツアー

 米国民の6人に1人は医療保険に加入しておらず、年間1万8000人が治療を受けられずに命を失っている。国民皆保険導入の是非を含む医療制度改革は08年米大統領選の最大のテーマだ。超大国・米国の恥部とも言われるゆがんだ医療現場の実情を追う。

 ◇費用、国内の5%--無保険者「生きるため」

 米ミシガン州デトロイト郊外に住むメルビン・ジェイコブさん(57)は今年4月、腹部に激しい痛みを感じ、地元病院の緊急治療室に搬送された。尿路結石が原因だったが検査の結果、心臓付近に大動脈瘤(りゅう)が見つかり、医師から「年内に取り除かないと命が危ない」と告げられた。

 「治療費を知らされたとき、私は死刑宣告を受けたと思った。約50万ドル(約5700万円)かかると言われたからだ」。住宅の安全性を検査する会社を個人で営むジェイコブさんは健康に自信があったこともあり、医療保険に加入していなかった。一般的な病気をカバーするだけで月1000ドルもの高額な保険料がかかるからだ。

 手術をあきらめかけていた時、テレビで「メディカル・ツアー」の存在を知った。無保険者が医療費の安い発展途上国で治療を受けるケースが増えているというのだ。ジェイコブさんはさっそく、海外での治療をあっせんするボストン市内の会社に連絡をとった。

 インド、メキシコ、タイなどが候補地に挙がり、英語が話せ、ニューヨークの大学で医学を学んだ医師がいると聞いてインドを選んだ。7月13日にニューデリーで受けた手術は無事成功し、10月には仕事に復帰した。

 「バス・トイレ付きの清潔な個室。医師や看護師の説明も的確で安心できた」とジェイコブさん。往復の航空運賃などを含め手術にかかった経費は2万6000ドル(約296万円)。米国で手術を受けた場合の5%だった。

 ニューヨークの専門業者によると、海外で治療を受ける米国人はこの数年で急増し、昨年は約50万人に達した。平均的な治療費は米国の10~20%。現在の市場規模は150億ドルだが、2012年までに500億~1000億ドルに拡大すると見積もられている。

 米国の医療機関は「治療は自宅近くで受けるのがベストだ」と海外治療に批判的だ。法制度の違いから医療過誤などの際に難しい問題が生じると危惧(きぐ)する声も強い。しかし、ジェイコブさんは「具合が悪くなったらまたインドへ行く」と言い、今も米国の保険には加入していない。

 米国の1人当たり医療費支出は年6000ドルを超え、日本や英国の倍以上。世界最高レベルの医療研究機関を有し、高度医療で世界をリードする。しかし、生きるため発展途上国に向かう国民の姿には医療・保険制度のゆがんだ現実が浮き彫りになっている。【デトロイトで小倉孝保】=つづく

 ◇6人に1人が未加入

 米国には「国民皆保険制度」が無く、個人で民間の保険会社や組合・団体が提供する医療保険に加入する必要がある。公的医療保険は連邦政府による高齢者(65歳以上)・障害者対象の「メディケア」と、連邦・州政府の貧困層(年収1万5000ドル程度)向け「メディケイド」などはあるが、これらのカバー範囲は全国民の27%(約8000万人)に過ぎない。

 高額な医療費や保険料を背景に、全国民の16%に当たる約4700万人が医療保険に加入していない。高齢者や貧困層の増大が医療費の高騰を招き、保険会社は保険料を引き上げ、中小企業や低所得者の保険加入を困難にしている--との悪循環が背景にある。

 経済協力開発機構(OECD)の昨年の発表によると、米国の国内総生産(GDP)に占める医療費の割合は日本のほぼ2倍の15・3%。主要国では最も手厚いにもかかわらず、多くの人々が満足な医療を受けられない皮肉な状況にある。

毎日新聞 2007年11月13日 東京朝刊

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