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「小さな家の生活日記」

収納憲法

2007年11月12日

 「ルールなんて、そんな、なにもないですよ」

写真

そのマダムのお宅の第2トイレ。隅々までピカピカ。よけいな物を置かないので、掃除もしやすそう。手洗いは、料理用のボウルに穴を開けてリサイクル。

 見渡す限り家具以外なにもない、すっきり広々したリビングをみて、「なにか物を持たないルールを、自分に課しているのではないですか?」と、しつこく尋ねた。しかし何度も聞いても、冒頭の答しかかえってこない。

 取材の相手は、成人したお子さま持つ、しとやかなマダム。「私なんて」と、つねに控えめで、謙遜される。

 ダイレクトメールひとつ、お茶筒ひとつないキッチンやダイニングを見て、益々興味が募る。こんなにすっきりシンプルに暮らすには、きっと自分なりのルールがあるはず。こうなれば具体的にきいていくしかない。

 「ジャムとか、ガラスの空き瓶って溜まりませんか?」

 「ああ、それは2〜3個って決めています。それ以外は捨てる。瓶を溜めていたら、1年間でどれだけの数になるでしょう? いちいちとっておいたらスペースも必要ですし、大変です」

 「では、紙袋は?」

 「ここからあふれるようでしたら捨てます」

 食器棚の一番下の引き出しを見せてくれた。新聞と紙袋を何枚か入れたら一杯になるこぶりの引き出しである。

 「100円ショップは?」

 「行きません。行ったら何か欲しくなっちゃうから。お金を出して買った物は、たとえ100円でも、捨てづらいもの。物を増やしたくないので、そういうお店には最初から入らないのです」

 「脱いだ洋服は? ご主人の靴下がちょっとそのへんに、ということはないのですか?」

 「2階(リビング)では、洋服の脱ぎ着をしないと決めています。衣服の収納と着脱は、寝室と洗面所のみ。娘がおりますが、家族は全員そうしていますね」

 物を持たず、片づけ上手な人は、自分でも気づかぬうちに、自分の中の憲法をいくつも設けているのだ。それが、無理のないもので、習慣化されているから、“決めごと”の自覚がないだけである。

 雑誌はテレビの横に数冊、器は必要最小限。ただし、世界各国を歩いて選り抜いた1点1点が上等で、思いで深いものばかりである。キッチン収納の中も見せてくれたが、どこか一段、棚が空いていたりする。それは癖で、全部をいっぱいにすると息苦しくなると言う。その点だけは私も同じなので、親近感を覚えた。私も、引き出しや棚のどこかひとつ、隙間や空欄がないと苦しくなる。「あと、まだここが空いている」という余裕が、自分の最後の砦であり、救いになっている。

 「ルールはないっておっしゃっていましたが、ちょっとうかがっただけでも、次々出てきますね」

 そういうと、マダムは「あら、まあ。本当だわ」と、初めて気づいたように笑った。

 これだから、よそ様の家を訪ねるのはやめられない。自分でも気づかぬその家ごとの収納や所有物の憲法があり、それを探し出すのがおもしろい。暮らしのコツは、雑誌やテレビ以上に、そこに生きる人、日々の営みから生まれるもののほうがはるかに重みとリアリティーがある。

プロフィール

顔写真 大平 一枝(おおだいら・かずえ)

 長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、11歳、7歳の4人家族。

 著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、『かみさま』(ポプラ社)など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』(風土社)。

 ホームぺージ「暮らしの柄」 http://www.kurashi-no-gara.com/別ウインドウで開きます


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