米Microsoftの主力商品,クライアント用Windowsの利益率が85%にも達することが,同社の決算報告書から明らかになった。同社は11月14日,米証券取引委員会に提出した2002年第3四半期の決算報告書の中で,同社としては初めて「商品・サービス系列」ごとの収支状況を明らかにした。
これによれば,Microsoftの営業利益のほとんどは,伝統的な主力製品のWindowsやOfficeシリーズから来ている。一方で,ビジネス・ソリューションやモバイル,MSN,Xboxなどの比較的新しい事業は軒並み赤字である。
クライアント用WindowsやOfficeなど主力商品の「売り上げ」から「製品開発」や「セールス」「マーケティング」などにかかったコストを差し引いた,いわゆる「営業利益(operating income)」は,売上高の70〜80%以上にも達し,「売り上げの大半が利益」という驚くべき収支構造が,確たる数字として浮き彫りにされた。
商品・サービス全体を合算しても,Microsoftの営業利益は売り上げの50%以上に達し,不況下でも同社の株価を強固に支えている。他のソフトウエア企業と比較すると,例えば独SAPや米PeopleSoftなどでは,営業利益は売り上げの約10〜20%程度である。
驚異的な利益率のクライアント用WindowsとMS Office
米国では,事実上1998年から,新会計基準のSFAS 131に則って,「多様な商品・サービスを販売する企業は,製品系列ごとに収支状況を明らかにする」ことが要求された。Microsoftがこれに従うのは,今回が初めてとなる。
今回の決算報告の中で,同社は商品・サービスを次の7系列に分けた。(1)Client,(2)Server Platforms,(3)Information Worker,(4)Business Solutions,(5)MSN,(6)CE/Mobility,(7)Home and Entertainment,である。
このうち(1)のClientには,Windows XPからWindows NT, Me, 98まで,現在販売されているすべてのクライアント用Windows OSが含まれる。今年第3四半期に,この商品系列の売り上げは,28億9200万ドルに達し,ここから24億8200万ドルもの営業利益を上げた。ほとんど紙幣を刷っているようなものである。
(2)のServerには,Windows Server,SQL Serverなど,文字通り同社のサーバー・システムが含まれる。この商品系列の売り上げは15億2300万ドルで,営業利益は5億1900万ドル。(3)のInformation Workerには,「MS Office」を中心にしたアプリケーション・ソフトが含まれる。ここの売り上げは23億8500万ドルで,営業利益は18億7900万ドルであり,(1)に次いで利益率が高い。
ところが,新規事業である他の4系列はすべて赤字
以上の3系列によって同社の全営業利益が生み出されている。逆に言うと,以下の4系列はすべて赤字である。
(4)Business Solutionsには,Microsoftが昨年買収したGreat Plains社のビジネス・ソフト商品群が含まれる。これによって首位を走る独SAPを追撃する構えだ。しかし第3四半期の売り上げは7400万ドルで,営業損失は3900万ドルである。
(5)MSNは,同社がAOLと激しく競っているオンライン・サービス事業だ。徐々に赤字額は減っており,ようやく「明かり」が差し始めた段階。今回の売り上げは5億3100万ドルで,営業損失は9700万ドル。
(6)CE/MobilityはPocket PCをはじめとしたPDA(携帯情報端末)関連や,今後力を入れていくであろう携帯電話向けの基本ソフト。ここの売り上げが1700万ドルで,営業損失は3300万ドル。(7)Home and Entertainmentは,Xboxとビデオゲーム・ソフト,Ultimate TVなどが含まれる。売り上げが5億500万ドルで,営業損失は1億7700万ドルである。
Microsoftにとって,新規事業の赤字など痛くもかゆくもない
今回の決算報告によって,Microsoftの事業の実態が明らかになった。90年代後半からあらゆる業態の新興企業を買収し,様々な新規事業に参入することによって,マルチメディア企業への転進を図ってきた同社だが,収支構造を見る限り,OSとごく基本的なアプリケーション・ソフトに依存した“ソフトウエア企業”である。つまり同社が創業した当時と,ほとんど変わっていない。
マルチメディア企業は同社の「現在の姿」というよりも,これから向かおうとしている「未来の姿」なのだ。そして,現在から未来への転進を支えるのが,同社の主力ソフトが稼ぎ出す驚異的な利益である。
主力事業から上がる潤沢なお金を,将来芽が出そうな新規事業に注ぎ込む。ほとんどの新規事業が営業損失を計上しているが,同社の主力ビジネスによる黒字に比べれば,いずれも一桁,二桁違うのである。並のソフトウエア企業なら経営基盤を揺るがしかねないような赤字だが,Microsoftにとってみれば痛くもかゆくもない。
次々に参入した新規事業のうち,どれか一つでも将来のコア・ビジネスに成長してくれればいい。現金と短期投資(short-term investments)だけで400億ドルもの資産を持つ同社にしか取れない戦略である。しかもこの資産は,基本ソフト市場におけるWindowsの事実上の寡占状態が続く限り,今後とも増え続けるだろう。
1998年に始まった同社への独禁法訴訟は,表向きは「Windowsによるブラウザの抱き込み販売」を対象としていたが,その裏には,上記のような同社の戦略に対する,ライバル企業の反発と憤りがあった。
裁判が始まる以前から,彼らは「Microsoftが事実上の寡占状態を利用して,適正水準の何倍もの販売価格で売っている。そこからの利益を使って,他の分野にも独占の網を広げようとしている」と訴えてきた。一審では同社に分割命令が下され,事実上の敗訴となったが,控訴審で逆転し,結局Microsoftは事実上ほぼ無傷で裁判を切り抜けた。
ライバル企業の主張には耳を傾ける必要がある
しかし,今回明らかになった収支構造を見る限り,常識的に判断して,従来から米Sun Microsystemsや米Oracleなど,ライバル企業が主張してきたことの方に分があろう。「売り上げの85%が営業利益」というのは,やはり「適正な市場価格」に基づいているとは言えない。独占市場だからこそ,こうした価格で売ることができたのである。
控訴審の判事が「Microsoft分割」を退けた主な理由は,「今後,成長が期待される情報家電のような新たな分野では,Microsoftはむしろ劣勢にあり,独占状態とはいえない」という判断に基づいていた。
今回の決算報告からも確かにその通りだが,この判事は「こうした新たな分野の占める比率が,今のところ微々たるものに過ぎない」という点を見落としている。より重要な点は,現在の主力商品から上がる桁違いの利益が,いまだ小さな新規事業分野に投入されて,この分野の競争でもライバルに対して優位な立場を維持できるということなのだ。
「現在の独占が将来の独占に結びつく」というライバル企業の主張は,資金的な背景を見る限り,あながち自分勝手な空論ではないのだ。