(cache) ２０歳はぴば☆アスラン

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荒い息を必死に抑えた。
こぼれてしまう熱い息は突っ伏したシーツに吸い込ませ、いつの間にか流れてしまった涙を必死に拭った。
ドサリと隣に転がった若い体からは情欲の熱が伝わってきて、アスランは思わず身をすくめた。
震えてしまう心をなだめながら、どうしてと思う。
シンはあまりに性急にアスランを求める。
好きだとストレートに想いをぶつけてきたシンはとても好ましく、素直なまっすぐさに魅かれていたアスランはためらいながらも受け入れた。新人のエースパイロットと、それを率いるフェイスという互いの立場を考えもしたけれど、誰かに求められること、伸ばした手を握ってもらえることは嬉しかった。
ままごとのような、子どもの恋愛だったと思う。
イザークやディアッカに知られたら、おもいきり笑われてしまうような、たどたどしい恋愛だった。
食事の時間を合わせたり、前線ではほんの少ししか確保できないフリーの時間をともに過ごしたり、精一杯の想いを与え合っていた。
それが、いつの間にか変わってしまった。
地球を転戦するようになったミネルバが、地球連合軍の格好の標的となり、出撃が増え、ＭＳでの戦闘が頻発してきた頃だった。
シンは地球連合の動きとともにオーブの出方もひどく気にするようになった。昏い瞳に、精神のバランスが崩れてきているのがわかった。
アスランには何もできない。
パイロットにとって、戦場での精神バランスはなによりも大切なこと。通常よりも短い期間で卒業しなければならなかったアカデミーでは、すぐに前線へと向かうパイロット候補生に対して一日に一度は注意された。
自身の精神状態をチェックする方法、パニックになりかけたときの対処法、バランスが崩れたときの休養について。
戦場に出てＭＳを操るだけがパイロットではない。いかに戦場での精神を保つかもひとりひとりに任され、すべてを含めてパイロットなのだ。
シンは平和条約が締結されてすぐのアカデミー生で、戦時中の即戦力養成の方針の反動として、やや実戦的ではないカリキュラムだったと聞いている。もしかすると、うるさいほどに言われた精神の安定についても、講義が少なかったのかもしれない。
恋人としてだけでなく、年長のパイロットとしても助けてやりたいと思っても、その術はアスランにはなかった。
基本的には個人で乗り越えなければならないことなのだ。むしろ、他に介入されることは厳禁とされていた。パイロット全員が不安定になってしまっては、戦闘の際の足枷になってしまう。だから介入の方法さえ教えられてはいなかった。
アスランにはできることは、ただシンのそばにいることだけ。
何を言っていいのかもわからなかったけれど、ただできる限り寄り添っていた。
体を求められたのはそんな折。
戸惑いはしたけれど、自分に与えられるものがあるならばと体を開いた。方法も知らず、闇雲に突き進んだセックスはアスランに相当の負担を強いたが、それでもシンのためにという一心だった。
実際、しばらくはシンも安定した。
また無邪気な笑顔を見せるようになり、不器用なやさしい言葉も戻ってきた。
けれど再び昏い迷路へと入り込んでしまったのだ。
少し浮上したぶん、堕ちていくスピードはそれまで以上。アスランは目の前でシンが殻に閉じこもっていくのを見ていることしかできない。
助けたい、と思う。
どうにかしたい、と思う。
しかしどうにもならない。
「大丈夫ですか」
体の辛さと、心を苛む焦りにも似た痛みに身を縮めて耐えていると、硬質なシンの声がかけられた。
ついさっきまでひどく乱暴なセックスをしていたとは思えない、熱のない、冷たい声にますます身がすくむ。
「大丈夫……」
必死に絞り出した声は情けなく震えていた。
本当は大丈夫ではなかった。
連日連夜、シンは体を繋げてくる。どことなくやさしさは感じるし、求める衝動の中にきっと愛はあるのだと思うけれど、やはり乱暴なことにはかわりない。
戦闘があり、出撃した日にもそれは続く。どちらかというと、出撃したときのほうがひどくなるような気がした。
フェイスという立場は、パイロットというだけではない。戦艦の作戦行動にも関わるし、戦域の合同会議にも参加する。おまけにＭＳ開発の協力パイロットにも指名されており、時間があれば基地へ往復してデータを出すのに協力している。
明日も早朝に出発して開発協力に行かなければならない。
無理だ、という言葉を当然のようにシンは無視した。
やさしい言葉もなく、十分な準備もなく、性急なセックスに耐えるしかなかった。
滲んでしまう涙をこらえてふと横を向くと、シンがジッとアスランを見つめていた。冷たい声でも、乱暴な手でも、昏く光るルビーの瞳の向こうには、たしかに気遣うかすかな光がある。それを認めて、フッと微笑んでみせた。
セックスの最中もアスランが耐え切れずに泣くと、シンは顔を歪めていた。アスランよりも辛そうに、苦しそうにしていた。
きっとシン自身にもままならないのだとわかる。
不安定な心を、必死に繋ぎとめようとしているのだ。
素直でまっすぐで、まだ家族を失った傷を癒すこともできないシンは、毎日を必死に生きている。だからこそアスランは、離れられずにいた。
「明日、基地に行かなきゃならないんだ…………」
「――――――――」
「だから、ちょっと無理だと思って……。でも、大丈夫、だから」
せめて自分は大丈夫だと告げたい。
破壊し、殺め続ける毎日と、なくしてしまった痛みに苦しんでいるシンに、せめてアスランは壊れていないと教えてやりたかった。
「明日……」
「ああ、そうだ。言っていなかったか――――。一日だけ行ってくる。もちろんこっちに何かあればすぐに戻ってくる」
説明すると、シンは起き上がってベッドの上にすわりこんだ。
中途半端に乱した軍服がグシャグシャで、まるで今の精神状態を表しているようで悲しくなり、そっと手を伸ばして裾の皺を直す。
アスランの手など気にもせず、シンは昏い瞳をどこかに向けていた。
「シン――――？」
「明日なんて……」
「え――――？」
「明日なんて、あるかわからないです」
ポツリと発した言葉は抑揚がなく、ハッとして表情をうかがう。
虚ろな瞳は何も映してはいなかった。
「明日なんて、突然なくなるかもしれない――――。急に、突然、プッツリと途切れてしまうんだ……。明日なんて、俺はいらない」
「シン……」
「俺は、今日だけあればいいです」
「――――――――」
「明日なんて、俺は見たくない。なくなってしまうものかもしれないから……」
今日だけと呟くシンに怖くなり、肘をついて重い体を必死に起き上がらせた。
「シン――――」
いつの日か、好きですと言いながらアスランをいっぱいに映した瞳には、アスランも、未来も、明日でさえも映し出してはいなかった。

＊＊＊＊＊＊

遅い夕食を終え、アスランはシンをさがした。
毎日のようにセックスを強要し、時間があればアスランのもとへとやってきたシンはこの頃はあまり姿を見かけない。
疲弊したアスランが体調を崩してしまったのがきっかけだった。熱を出したアスランにシンは怯え、近づいてこない。
熱とはいってもほんの少しの熱で、気づいたルナマリアが大騒ぎしただけのこと。けれど失敗だったと思う。以来、シンはアスランに対して壁をつくっている。
体が辛かろうと、心が悲しみに満たされようと、そばにいたかった。不安定な気持ちを十分に受け止められているとは思わないけれど、少しでもシンの気持ちが晴れればと思っていた。
時折、想いが爆発するかのようにセックスをするけれど、それ以外のときはアスランから隠れるようにどこかへ行ってしまう。
「シン……？」
甲板にいるのではというレイの言葉に従ってやってくると、シンは夜の空を見上げながらポツンとひとりですわっていた。
小さいな、と思う。
もともとシンはまだ成長の途中で、身長はわずかにアスランのほうが高い。けれど伸び盛りの勢いに満ち溢れ、存在はむしろ大きく見えた。
孤独な背中が小さく見える。
「シン」
甲板への扉を開けたときから気づいているだろうに、アスランが近づいても振り向きもしなかった。
「もう、遅いぞ。日付が変わる。そろそろ休んだほうがいい」
声をかけると返事をせずに立ち上がり、目を合わせないままに踵を返して去ろうとする。
「シン！」
とっさに腕をつかんだ。
振り払われないことにホッとする。
「頼みが、あるんだ……」
「――――――――」
無言のシンにためらいが湧くけれど、決めてきたのだからと勇気を振り絞る。
シンのために何ができるかはわからない。どうにかしたいけれど、あまりにアスランは無力だった。
ただせめて、できることをしたい。
「離して、ください」
「あ――――、すまない」
思わず力を込めて握っていたのを慌てて離した。
ふたりの間にできてしまう距離に悲しくなり、そっと袖をつかむ。チラリとその指を見たけれど、離せとは言わないのでそのまましっかりと握った。
「明日……、もうすぐだけど――――、俺の誕生日なんだ」
「え――――っ」
さすがに驚いたのか紅い瞳がアスランを見て、すぐに逸らされた。
「そう、ですか」
ルナマリアにニ、三日前に確認されたので、もしかしたら知っているのではないかと思っていたけれど、知らなかったらしい。
「ほしいものが、あるんだ」
「…………」
「いいか？」
「ここ、戦場ですから。たいしたモノあげられませんよ」
「シン」
「…………いいですよ」
アスランは深く息を吸い込んだ。
勇気を、と自分の心に命じる。
「明日の誕生日、シンにそばにいてほしい」
逸らされた瞳が大きく見開かれた。
ゆっくりと、スローモーションのように動いてアスランの瞳と重なる。
「そばに、いてほしい」
「――――――――」
驚いた表情のまま、ゆるく首が振られる。
ダメだというように、無理だというように瞳が悲しく揺れていた。
「シン」
「俺じゃ――――」
「シンがいいんだ。シンでなきゃ、ダメなんだ。好きだって言ってくれただろう？俺もお前のことを好きだって言った。だから、シンじゃなきゃ意味がない」
「そんな――――」
ままならない気持ちに苦しんでいるのはシンだ。
乗り越えるのもまた、シン自身でなくてはならない。
きっとその強さをシンは持っていると信じていた。アスランにできるのは、シンに明日を示すことだけ。
「十月二十九日は、俺の誕生日だから。明日、いっしょにいてほしい。それから来年も。再来年も――――。他には何もいらない。ただいっしょにいてくれればいい」
「来年も……。再来年も」
今日だけしかいらないと言っていたシンに、明日の約束が、来年や再来年の約束がどう響くのかわからない。けれど、必ず未来はあるのだと、もう一度信じてほしかった。
チラリと時計を確認すると、もう日付は変わっていた。
袖をつかんでいた手をはずし、戸惑って棒立ちになっているシンに抱きついた。ギュッと抱きしめても、抱き返してくれる腕はない。それでも、離すまいと必死になった。
「もう、十月二十九日だ。誕生日に、なった。ちゃんと、やってくるだろう？来年も、再来年も、十年後も二十年後もやってくる。だから――――」
突然、強い力で抱きしめられた。
ギュウギュウと、息もできないほどの力。
まるで子どもが必死にしがみつくように、シンがアスランを抱きしめていた。
おめでとうの言葉もない。
けれど、シンが心の中で叫んでいる声が聞こえるような気がした。
一生、誕生日のプレゼントなどいらないと思う。
おめでとうの祝福もいらない。
ただ、シンがそばにいればいい。
不器用に、必死に生きているシンが、隣にいてくれればいいと願う。
シンの腕は、アスランの願いどおりに強く抱きしめたまま、離れることはなかった。

（終）

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