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地球温暖化防止で家庭は "悪者"か(2007/11/9)

家電量販店の店頭でも各社の大画面テレビが売れ行きを競っている
 京都議定書の約束期間開始が2カ月後に迫るなか、日本は目標達成の見通しが依然ついていない。産業界では自主行動計画に基づく温暖化ガスの排出削減目標を積み増す動きも出ているが、日本が目標を達成するには基準年となる1990年の排出量の7%相当を削減する必要があり、道のりは険しい。対策強化が特に叫ばれるのは排出増加が著しい業務部門、家庭部門だが、この2部門を"悪者"にすればすべてが収まるわけではなさそうである。

業務部門が増えるのは産業構造変化ゆえ

 環境省の発表によれば、日本の2006年度の温暖化ガスの総排出量(速報値)は前季の暖冬の影響などにより前年度比で1.3%減少したが、90年比では6.4%増加した。京都議定書では日本は90年比で6%の排出削減を義務づけられているが、森林吸収で3.8%、発展途上国の削減協力に伴って自国の削減分に組み入れられる1.6%を考えると、実質で7%分の削減が必要となる。

 速報値で見ると、90年比で増加しているのは運輸部門の17%増、業務などの部門の41.7%増、家庭部門の30.4%増などで、業務・家庭部門で増加が著しい。産業部門は5.9%減だから、業務・家庭部門をやり玉に挙げて、その削減を一層進めるよう求める声も強まっている。政府は「1人1日1キログラム」を掲げて温暖化ガス排出の削減運動を進め、省エネ意識の浸透にも力を入れている。

 業務部門に関しては、首都圏など大都市で新たな高層ビルが次々に建設され、オフィスが増え、商業施設も増えたのが排出増加要因となっている。家庭もテレビなどを各部屋に置く「個電」の傾向に加え、機器の大型化・多様化が進んでエネルギー消費が増えているのが増加要因のようだ。

 無駄なエネルギー消費を切り詰めるのは重要だから、業務・家庭部門での省エネが重要なのは言うまでもない。だが、産業部門が減っていることを理由に、業務・家庭部門だけが問題というのは筋違いかもしれない。

 産業部門の排出削減は日本経団連が削減義務を嫌って自主行動計画に沿って削減を進めている。業界が勝手に決めた目標だから、その合理性は公の場で議論されたわけではない。我田引水になって緩い目標になっている可能性も否定できない。現に最近の自主行動計画の見直しでは20以上の業界が削減目標を積み増した。産業部門で5.6%削減ができたのはそれなりの努力の結果だろうが、目標が緩くなかったかという素朴な疑問も沸いてくる。

 日本の産業構造を見ると、経済の発展とともに産業の主役が第2次産業から第3次産業に代わってきている。国内総生産(GDP)に占める製造業の比率は石油危機後に漸減し続け、現在は4分の1ほどだ。代わって伸びているのは第3次産業で、産業のシフトは明らかである。第2次産業より第3次産業の比率が高まれば、業務部門のエネルギー消費が増えて当たり前である。これを抑えるというのは産業構造変革の大きなうねりに棹さすことでもある。排出削減ではGDP比率が漸減する第2次産業を優先し、第3次産業に緩くする方が理にかなっているだろう。

 産業界の温暖化ガスの排出量と売り上げを業界ごとに見てみると、同じだけの売り上げを得るのに鉄鋼業界は化学業界の3倍、電子・電機業界の40倍も温暖化ガスを排出している。エネルギー多消費産業だから当然でもあるが、排出原単位を基準にした製品付加価値が低いといえ、日本が低炭素社会を目指すなら排出量当たりの付加価値の高い産業を伸ばすように、政策的に産業誘導すべきだろう。もちろん、エネルギー多消費産業に対し化石燃料に頼らぬ革新的な技術を開発させれば、問題は解決する。

家庭の豊かさの分析なしに進まぬ対策

 家庭も目の敵にすればすむわけではない。各国の家庭のエネルギー消費を見ると、世帯当たりでは日本の家庭のエネルギー消費量はカナダの3分の1、米国の半分以下だ。欧州各国よりも低く、先進国のなかではかなり低いオーストラリアをも下回る。中国など発展途上国と比べれば日本の家庭のエネルギー消費量はかなり大きいが、先進国のなかでは日本の家庭は実につましい生活を送っていると言えよう。

 全館冷暖房の家庭は少ないし、冷暖房も一部の部屋だけ、場合によって冬は暖房を炬燵に頼り、せめてもの贅沢が大型テレビでの娯楽という家庭もあるだろう。無駄なエネルギー消費は切り詰めなければならないし、家屋の断熱性能向上など省エネの余地がまだまだあるから努力、対策は必要だが、伸びているからけしからんというのは乱暴な議論かもしれない。

 家庭用機器の大型化は需要の反映とはいえ、家電などのメーカーも大型商品の販売に力を入れている。冷蔵庫にしてもテレビにしても同じサイズなら省エネ化されていても、大型商品に買い換えれば消費電力量は増えてしまう。省エネ性能を競うトップランナー方式は省エネ製品づくりを促進しているが、家庭に関する限り省エネに直結していないのが実情だ。もし家庭の排出量増加、つまりエネルギー消費の増加を非難するのなら、大型製品を勧めるメーカーにも責任があるだろう。家電メーカーは大型製品に買い換えても消費電力が増えないよう大型製品の省エネをもっと進める必要がある。

 家庭の排出量もよくよく考えれば、直接排出しているのは調理や暖房などに使うガスや灯油、それに自動車でのガソリンの消費分だ。排出量の統計では電力消費分も加算してあり、その伸びゆえに増加が著しく見えるが、直接排出だけでみれば13%増でしかない。日本経済は外需依存から内需拡大への体質転換がことあるごとに叫ばれてきた。産業界が排出を減らして家庭に多少豊かな生活を認める方が内需拡大につながるとの議論もあり得よう。

 業務・家庭でのエネルギー消費は内訳の詳細や増加要因の分析が十分になされているわけではない。分析なしにやり玉に挙げるだけでは効果的な対策が見つかるはずもない。政府は京都議定書の目標達成に向けて対策の見直しを進めているが、産業部門の排出削減量の妥当性、将来の産業構造まで考えた排出量の配分、業務・家庭部門の詳細な分析、それを踏まえた削減・抑制策など、議論すべき点は多い。温暖化防止の意識浸透は重要だが、緻密な分析もせずに対策がやみくもになってはいけない。


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