憂楽帳

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憂楽帳:業

 90歳になる認知症の老母の介護に明け暮れる、50代の独身男性から話を聞く機会があった。

 母子2人のひっそりした暮らしは、母の火の消し忘れを機に変わり始めた。まもなく、深夜何度も目を覚ましては、「隣に泥棒がいる」と起こしに来るようになった。徘徊(はいかい)をし、懸命に作った料理を吐き出し、磨いたばかりの床や壁に汚物を擦り付ける。

 厳格だけれど、優しい人だったという。それが今では、男性がわが子ということさえおぼつかない。眠ろうにも眠れず、疲れ果てている時に粗相をされたりすると、つい、「あんた、まだ生きるのか」と叫びそうになる。

    ◇    ◇

 20年前の駆け出しのころ。息子が父に手をかけた介護殺人で、容疑者を一方的に非難する記事を書いた。ところがそれを、年配の先輩から厳しく批判された。「人間の業を知れ」と。

 当時は理不尽に感じた叱責(しっせき)も、今は身に染みる。男性の語りに耳を傾けるうち、ふと、妹に任せきりの故郷の母を思った。【吉田啓志】

毎日新聞 2007年11月8日 12時43分

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