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アジアの安定、日米の安定に 本社主筆 船橋洋一

2007年11月09日20時11分

 ゲーツ米国防長官は昨年末の就任時、仕事の優先順位は「イラク、イラク、そしてイラク」と言った。それから1年、イラク安定とテロとの戦いに展望は見えない。それどころか同盟国パキスタンが不安定の度合いを強め、テロに見舞われている。

 もっと深刻な危機はイランの核保有化である。その場合、中東一帯に核軍拡競争が起き、一気に不安定になる恐れがある。長官は訪日に先立って訪れた中国で、そうなれば「エネルギー安全保障」にマイナスとして国連の対イラン経済制裁への参画を訴えたが、不発に終わった。米国の力の限界が随所に現れている。

 中国では衛星破壊実験など攻撃力を高めつつある軍近代化の方向と意図にも疑問を提起したが、中国側は議論に応じなかった。「安全保障に関する中国の秘密主義」が壁になっている。ただ冷戦中、ソ連と「軍・軍交流」を進め、誤解を解いていった経験にも触れ、相互理解のためねばり強い努力を続ける姿勢を示した。日本と中国も、国防当局間の信頼醸成を根気よく行わなければならない。

 日本では、政府高官から米国の北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除への懸念を伝えられた。北朝鮮からシリアへの核拡散疑惑に加え、6者協議での非核化合意の実効性を疑問視する声もある。長官は「非核化されても、日米のミサイル防衛協力は続けていく」と言明した。この地域の「不確実性」を長期的なものと見ているのである。

 9・11テロ後、日米でもり上げた「世界における日米同盟」は、自衛隊のインド洋給油活動中断でにわかに空洞化したように見える。だが、長官は自衛隊再派遣への期待を示しつつも、「旗を見せよ」とも「地上部隊の派遣を」とも言わなかった。ガイアツ(外圧)と受け取られるのを避けてだろうが、いまの米国はガイアツをかける力も衰えているのが実情だ。

 戦後、日本は「強い米国」を後ろ盾に、安全保障政策もアジア政策もつくってきた。その米国が衰退過程にある。「弱まる米国」にとり、地域を安定させてくれる大国こそが頼りになるパートナーである。米国は北朝鮮の核問題では中国を選んだ。

 米大統領選に出馬を表明したヒラリー・クリントン上院議員は最近「米中関係は米国にとって今世紀最重要の二国間関係」と書いた。この点について長官は「優先順位はつけない。世界はそれほど予測不可能だ」と答えた。いずれにせよ、米国は外交戦略上、日米同盟を相対化していくだろう。それをいかに日本と東アジアの平和と安定に資するように進化させるか。

 長官は上智大学での講演で、アジア安全保障の「多国間の連携をもっと拡大する」ことの重要性に言及した。米国は東アジアに「昔の欧州での横型の権力均衡秩序でも、東アジアでの縦型ヒエラルキー秩序でもない新たな秩序」(シーファー駐日米大使)を模索し始めている。日米中3国による政策対話も、いずれ日米同盟の課題に上ってくるに違いない。

 日米同盟は、アジアの安定に大いに役立ってきた。それは今後も大切な役割だ。しかし、いまは日本がアジアと安定した関係をつくることが日米同盟を安定させる。日本とともにアジアの未来を形作っていこうと米国に思わせることができるかどうか。来週の福田首相の訪米の最大の眼目もその点にある。

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