最終更新時刻:2007年11月10日(土) 0時00分

131

ニッポンIT業界絶望論

公開日時:
2007/11/09 19:33
著者:
kenn

日本のIT業界は救いようがない。絶望的としか言いようがない。

IT業界不人気なんて、この業界に重くのしかかる決して晴れることのない暗雲の氷山の一角に過ぎない。はてなの匿名ダイアリーにもどうせ理系出身者なんていらねえんだよ。なんて書かれていたけど、これが現実なのだよ、学生諸君。

ちょっと補足しておくけど、ここでIT業界っていうのは、SIerのことだ。お客さんの要件をヒアリングして、その要求に沿ったシステムを受託開発するっていうビジネスのことを指している。

ぼくもその昔、その世界のループに組み込まれていた。そして華麗なるコミュニケーション能力とやらをいかんなく発揮し、場の空気を読み、生意気なぐらいのチャレンジ精神で、それなりに仕事のできるよい子だったようだ。

いや、正直に言うよ。正直に言うとだね、結構楽しかった。

だって、考えてみてごらん。お客さんのところに出向いて行って、その業界のことをじっくり観察・勉強して、業務課題を理解し、それをえぐり出してあげると、「あぁこの人はわかってるんだな」と思ってもらえる。「若いのに、社会やビジネスの構造がよく見えているんだな」なんて風に思ってもらえる。相手がそういう風に認めてくれているのを肌で感じるんだよ。

そしてさらに、それを実際に技術的な次元に落とし込んで、ソフトウェアという形にして作り上げて「ほら」と見せてあげたら、今度は「この人は、業務を知ってるだけじゃなくて、それを実際に形にすることができる技術まで持ってるんだ」っていうリスペクトまで得ることができる。

そしたら、そのお客さんはぼくのファンになってくれるわけだ。次回からは、直々にご指名が入るようになってきて、でもゴメンなさい、もう今は他の仕事で忙しくて手一杯なんです、ってお断りしなきゃいけないサイクルに入ってくる。予定表はいつも一杯で、昼間は分刻みでアポをやりくりしながら都内をぐるぐる回って、夜に帰社してToDoリストを片っ端からやっつけていく、そんな日々が延々と続いていく。

そして、徹夜に徹夜を重ねたあとにカットオーバーした瞬間の、朦朧としていく意識とともに自分の体から重力の作用がふっと立ち消えていくような、えもいわれぬ高揚感。たとえそれが半年程度のプロジェクトでも、それが終わる頃にはお客さんとはもうまるでオマハ・ビーチの死闘をくぐり抜けた戦友のような知己となっている。

この、やるべきと信じることをカチッ、カチッと片付けていく感覚、そしてその結果として他人から認定してもらえることの喜びが、幸せでないわけがない。

忙しくて忙しくて週に80時間以上働くような生活を何年もしていたけど、全然苦じゃなかったね。

それでもなお、いや、だからこそ、日本のIT業界は救いようがない。

この局所的にみれば顧客満足を見事に達成するごくまっとうなストレス→ドーパミン→ストレス→・・・のサイクルが、心の奥底にしまわれた疑念の声をより一層固く閉ざすことになっていた。まるで、後ろめたい気持ちを感じながらも依存性を断ち切れない麻薬のように。

そんな生活をしていたある日、ひと仕事終えてスターバックスでコーヒーを読みながらしっぽりウェブを泳いでいたら、なんだか得体の知れない不安感のようなものにおそわれたことを思い出す。このとき、とうとう心の底で長らく封じられていた声が聞こえてきてしまったのだった。

コンピュータの性能はこの40年で1億倍になった。当時10億円したメインフレームと同じ計算力を現在なら10円で入手できる。かつては巨大なスーパーコンピュータが設置されている電算室の前にエリートたちが列を作って順番待ちしていたのに、今ではその何万倍もの性能の端末を女子高生たちがポケットに入れて持ち歩いている。

こんな圧倒的なイノベーションが現在進行形で起きている時代にせっかく生きていながら、自分のやっていることのなんとちっぽけなことか。そういう焦燥感を覚えた。

もともと、そういう圧倒的な技術の提供者になりたくてこの世界に来たはずじゃなかったのか。前世紀末、日本が第1次ネットバブルの熱に浮かされていた頃、どうしてもテクノロジーへのこだわりが捨てられず、当時から未来はネットの側にあると感じつつも、どうしてもネットベンチャーで働くという選択肢をとれなかった自分は、こんなことを続けるためにソフトウェアの世界にとどまる決意をしたんだったっけ?

受託開発の世界のどこにイノベーションがあるのだろう?

そういう疑問が堰を切ったようにあふれてきて、そして答えはどこにもなかった。文字通り、どこにもなかった。

情報という財の新しさは、ほぼ限界費用ゼロで劣化なく無限に複製できるということだ。それは理論的にはシャノンが信号を量子化する前から正しいことが知られていたが、コンピュータとインターネットの急激な普及はとうとうそれを現実のものとした。現代は新聞、テレビ、音楽、映画、本などの情報財に囲まれて暮らす豊かな時代であり、そしていまやそれらのコンテンツ産業は情報技術がもたらす価格低下圧力との仁義なき戦いを続けている。主流対主流のガチンコの戦いだ。

一時ロングテールという言葉がもてはやされたが、その頃にはとっくにアテンションのほうが稀少資源だった。情報は加速度的かつ累積的に供給が増えているが、人々が情報を消費する時間は定数で、死蔵される情報ばかりが増えていく。この定理は逆も真なりで、参入に巨額の資本を必要としない情報産業では超優秀な技術者のアテンション(集中力)だけが稀少資源で、それ以外の何物もない。その資源を使ってどれだけレバレッジの効く情報財を生み出せるかが唯一無二の戦略であるはずだ。

であるのに、受託開発の世界には、そういったエキサイティングな革命の歴史とはどこにも接点がない。

生産された財は、最も低水準なサービス財と同様、たった一人の顧客に届けられる。以上おわり。

情報財に固有の、限界費用ゼロで複製できる性質が活かされる余地はまるでない。情報財の競争は人々のアテンションを奪うためにどんどん激化していて、最先端ではもはや「対価は無料に限りなく近いもの」という次元で極限まで「広く薄く」のモデルでバトルが繰り広げられている。今の時代、無料で利用できるサービスが一番クオリティが高いというのは偶然じゃない。これは情報財というものの本質が見えていれば、競争原理が正常に機能した結果だということがよくわかる。それなのに、受託開発の世界の人たちには、そんな土俵が存在することすら見えていない。たった一人の顧客に届ける財なんて、サイエンス的にも、ケーザイ学的にも、古き良き製造業未満の存在じゃないか。

とはいえ、ぼくは、そんなところで働いている人たちに、あまり強いことも言えない。

アメリカなら、ソフトウェアの世界で本来の意味でモノ作りに携われる仕事がたくさんある。グーグルとかマイクロソフトとか、メジャーどころを足し上げていくだけでも10万人以上の雇用吸収力があるから、ごく平凡なスキルのプログラマでも大企業でそういった仕事に就く機会がある。それなりにいい給料で、ステータスもあって、定時に帰るという満足な生活を営むことができる。そういう意味では、外国人労働者との競争とかレイオフみたいな要素もあるけど、アメリカ人にとってのソフトウェアエンジニアという職業は日本に比べたらずいぶん楽できているのは間違いない。

でも、日本にはそういうソフトウェア・プロダクトを製造する会社、ないんだよ、ほんとに。ちょっと前までは日本のネット業界で技術系のベンチャーなんてほとんど皆無に等しかったし、今でもそれほど状況が大きく変わったわけじゃない。

だから、じゃぁどこに転職すればいいの?と聞かれたら、答えに窮してしまう。最も技術的にエッジっぽいベンチャーを全部かき集めても、日本でトップクラスの技術者すら吸収しきれるキャパはない。選択肢がないんだよ。

だから、あんな生産性の低い、たぶん全産業の中でももっとも生産性が低い部類の、ああいう仕事にとどまることを余儀なくされているのだろう。

しかし、本来ならそんな生産性の低い企業は市場メカニズムによって退場させられるはずなのだけど、なぜか日本ではそういうことが起きない。情報大航海プロジェクトみたいなのに代表されるトンデモなバラマキ政策などで植物状態にもかかわらず酸素だけは供給されているから、もうそろそろ死なせてあげるべき企業が死ねてないのだ。みじめとしか言いようがない。

日本のSI業界の過酷な労働条件を改善したければ、やるべきことは労基法の改正とかじゃなくて、市場メカニズムを正しく機能させることだ。日本のIT業界を発展させたければ、援助交際をやめて何もしないことだ。

その結果、そもそも本質的には供給過剰だった多くのSI企業は倒産するか併合され、おそらく数社の大手ブランドと超小規模なブティックに収束することになるだろう。そして一時的には今以上に「見かけ上のサービス供給不足」が起きるが、ユーザ企業はむしろ「無きゃ無いで、割と平気だったのね」という真実に気付かされるだろう。

今までのユーザ企業は実質どうでもいいところまで細かくオーダーメイドで作り込むことを要求しすぎていた。そのくせ、結局ユーザには不評で使われないシステムが量産されていたのだから笑い事ではない。人間の価値観は努力や根性では変わらないから、それが無駄だと気付かせるには外的要因しかない。受託開発サービスの絶対供給量が減れば、そんな無理も言ってられなくなって無駄のない落としどころで需給均衡するだろう。さらにはパッケージを使うべしという駆動力にもなり、より生産性の高いソフトウェア・パッケージやSaaSのような国際競争力の高いビジネスモデルの需要を創出する効果もある。そこへきて先のSI企業の整理統合ではじき出された優秀な人材が本来の実力を発揮して活躍できる新たな機会が登場するというわけだ。おいしい人材を一時的に外資に持って行かれるかも知れないが、低い生産性の企業に優秀な人材を張りつけていることの大罪を思えば、人材に流動性をもたらす触媒になってくれるならむしろ大歓迎だ。

ま、そんなわけで、世の中が目まぐるしく動いているのに自分は・・・という焦りを覚えている心ある技術者は、全力で受託開発の会社から逃げ出す準備を整えたほうがいい。とても残念なことだけど、そこには未来は絶対にないよ、とハッキリと言っておくのが、ぼくにとっての精一杯の誠意だ。

Yen Town Band / Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。

このエントリーへのコメント

4

私はSIという領域を狭く捉えすぎている人々がSIerの要職に留まっていることがIT業界の問題だと思っています。

江島さんがおっしゃる「受託開発」だけを専業にしている会社は確かに未来がないと私も思いますが、昨今、一部のSIerはそこから脱出しようと必死にもがき始めています。名だたるプライムベンダーがコンサルファームを取り込んでいる動きが象徴的でしょう。

受託開発の案件であるとしても、そこから一歩踏み出して戦略的な提案ができるケイパビリティを持つことが出来れば、そのベンダーの未来は明るくなるはずです。

私が危惧するのは、このエントリーを見て、イメージ先行の学生達がますますIT業界から遠ざかっていくことです。先にも述べているように、少なくともプライムベンダーは変わり始めています。その点を無視して、「IT業界は終わっている」、「SIerに未来はない」という考えを持つのは好ましくないのではないでしょうか?

  吉澤準特 on 2007/11/10

3

まったく同感です。
わたしも受託開発の閉塞をたちきったあとは,オープンソースに心地よくひたっています。

  今駒哲子 on 2007/11/09

2

後で何か書いてトラバするかもしれませんが。。

システムインテグレーターに未来がないのはその通りだと思います。特に大手の2次・3次に甘んじているところは全く未来がないと思っています。おそらく生き残るのはいくつかの大手がオフショア先に対する商社的機能として残るのと、それこそ地場の中小企業相手に堅実な商売をしているところだけなんじゃないでしょうか。
あともう一つ思っているのは、SIerに仕事を丸投げしているほうも生き残るのが難しいのではないかと思っています。

  ishisaka on 2007/11/09

1

自分もかつてSIer(の末端)におり、同じく先端テクノロジー(..当時はまだMacintoshとかでしたけどね)からどんどん遠ざかっていく恐怖を感じてエクソダスしました。
でも、その当時働いていた企業はネットベンチャーを多数吸収して広義のサービス・プロバイダーとして脱皮を遂げているんですよね。(当時)若造の目から見えていた状況よりも相当高速度にポジションニングを変革できた彼らはすごかったですね。逆にそのあと働いていた日本有数のソフトハウスは概念データをアナライズするという方針で大きく羽ばたく。。はずだったのに失速。本当にその場で働いている立場だとなかなか分からないです。
大局論に対しての個別論で恐縮ですが、少し懐かしい気分になってコメントしました。

  尊仁 on 2007/11/09

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