◇自分で話動かす珍しい役、格調と品位保ちたい
中村芝翫が11月の歌舞伎座夜の部で「忠臣蔵九段目(山科閑居)」の戸無瀬に初役で挑んでいる。祖父の五代目中村歌右衛門も得意とした女形屈指の大役である。
戸無瀬は高師直に刃傷に及んだ塩冶(えんや)判官を取り押さえた加古川本蔵(幸四郎)の妻。娘の小浪(菊之助)を塩冶家家老の大星由良之助(吉右衛門)の息子で婚約者の力弥(染五郎)に嫁がせるため大星家を訪れる。だが由良之助の妻、お石(魁春)は、本蔵の娘であるのを理由に結婚は許さないという。
芝翫は前名の福助襲名公演(1941年10月、11月歌舞伎座)で、13歳で小浪を初演した。そのときの戸無瀬は大阪の名女形、三代目中村梅玉だった。
「祖父の戸無瀬は見ておりませんが、梅玉のおじさんは祖父と同じやり方でなさり、それが今も目に残っています。今回はその通りにつとめます」。その後、お石を六代目歌右衛門の戸無瀬で繰り返し演じるなど、演目とのかかわりは深い。
「普通なら他の出演者が状況を作ったところに立女形が登場しますが、戸無瀬ばかりは最初から自分で話を動かし、おぜん立てしていく。珍しい役です」
戸無瀬は、お石の拒絶の言葉で小浪と共に死ぬ決心をする。戸無瀬は小浪の継母だ。「だから義理がある。婚儀が実現しなかったら本蔵や先妻に申し訳ないという気持ちがある。実母なら、むきになってお石とけんかしたかもしれません」
2人が死のうとしているところへ、再びお石が現れ、祝言を許すと言う。喜びもつかの間、次にお石は本蔵の首を要求する。翻弄(ほんろう)される母娘の姿が切ない。
「『祝言じゃ、祝言じゃ』と戸無瀬は、びっくり仰天大喜びする。感情の変化が、ご見物にはっきりと分かるようにしたい。悲しみに泣く場面もありますが、あくまでも大星家という他人の家での出来事ですから、抑制を利かせたい。そして格調と品位を保てたら、理想的ですね」
現在79歳。小浪初演から67年目の秋である。25日まで。問い合わせは03・5565・6000へ。【小玉祥子】
毎日新聞 2007年11月8日 東京夕刊