越前の国・福井といえば、幕末の四賢侯と称せられた松平春嶽、その政治活動を支えた横井小楠らの名があがるだろう。お市の方と柴田勝家の悲劇の地でもある。
会議で訪れた福井市内の観光案内板を見て、「この人も」と思い出した。激動の幕末にあって、温かく、味わい深い歌風を築いた橘曙覧(たちばなのあけみ)だ。
よく知られているのが、平凡な暮らしの中のささやかな幸せを詠(よ)んだ「独楽吟」五十二首。いずれも「たのしみは」で始まり「時」で終わる。
「たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよる時」。疲れたり、行き詰まったとき、この歌集を広げると何となく心が軽くなってくる。もっと人気があるのが家族への思いを詠んだ歌だ。
「たのしみはまれに魚烹(に)て児等(こら)皆がうましうましといひて食ふ時」。貧しいけれど温かい一家団らんのひと時。子に注ぐ親の愛深いまなざしが伝わってくる。
新しい記念日「家族の日」が十一月の第三日曜日(今年は十八日)に加わる。政府が昨年まとめた新少子化対策に沿って制定した。前後一週間を「家族の週間」とし、残業をしないで帰宅して家族とふれあったり、地域行事に参加することなどを呼びかけるという。
しかしながら、国民への周知は進んでなく、企業や団体も乗り気ではなさそうだ。仕事と家族・子育ての両立がいかに難しいかを裏付ける記念日になるかもしれない。
「たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭(かしら)ならべて物を食ふとき」。曙覧の歌があこがれのままで終わるような社会であってはなるまい。
(特別編集員・佐々木善久)