◎寺越事件で政府見解 真相に迫る新たな一歩に
一九六三年に出漁中の寺越昭二さん=志賀町出身=ら三人が日本海で行方不明となっ
た寺越事件で、政府が初めて示した「拉致の可能性を排除できない」とする公式見解は、北朝鮮側が主張してきた「救助」という筋書きを否定することを意味し、拉致問題解決へ向けた強い姿勢を北朝鮮側に示すという点でも大きな意味がある。寺越事件は「遭遇拉致」との指摘もなされる中、政府はできる限り真相に迫る努力をしてもらいたい。
寺越事件については、北朝鮮側や、北朝鮮に住む寺越武志さんが「操業中に事故に遭い
、北朝鮮の漁民に救助された」と拉致を否定する説明をしてきた。一方で、北朝鮮の元工作員は、実行犯である工作員の具体名を挙げ、昭二さんを漁船上で射殺し、弟の外雄さん、おいの武志さんを拉致したと証言している。
政府は武志さん自身が「救助」を主張していることもあり、同じ状況にあった昭二さん
、外雄さんを含めて拉致認定することに慎重な姿勢を取り続けてきたが、元工作員の証言の中身は射殺を含んでおり、事の重大性からしても無視するわけにはいかない。元工作員の証言を否定する客観的材料がない以上、政府が拉致を疑ってかかるのは当然であろう。
今回の政府見解は、超党派の国会議員でつくる拉致議連幹事長の西村眞悟代議士の質問
主意書に対する回答として出された。寺越事件については政府対応方針の「拉致に関する真相究明」に該当するとの認識も示された。
北朝鮮による日本人拉致事件は一九七〇年代に頻発し、救う会石川は六三年の寺越事件
を「拉致の原点」と位置づけている。その有力な根拠は元工作員の証言だけで、今後、拉致認定まで至るかどうかは不透明だが、政府が事件の扱いをあいまいにせず、拉致の可能性を明言したことは真相究明へ一歩踏み出したと言える。
寺越昭二さんの家族は工作員を殺人容疑で石川県警に告訴し、北朝鮮に昭二さんの遺骨
返還を求めている。一方、武志さんや母親の友枝さんは拉致を否定し、他の事件とは異なる複雑な展開を見せているが、親族間の見解の違いが拉致認定の障害になっているとすれば、それを乗り越えるためにも真相に迫る努力は不可欠である。
◎薬害肝炎訴訟 具体的和解案を速やかに
薬害肝炎大阪訴訟の控訴審で大阪高裁が原告、被告双方に和解を勧告したことは、他の
四カ所で係争中の訴訟も含めた全面的解決に向けた重要な一歩である。今後、速やかに具体的和解案を示し、双方が合意に至るよう努力してもらいたい。
大阪高裁が和解勧告を行った最大の理由は、福田康夫首相が薬害肝炎について「政府の
責任がないわけではない」と述べて国の責任を認め、舛添要一厚労相も謝罪と補償の意思を明確に示したことがある。そこには政治的な判断もあったとみられるが、首相が「行政の仕方にも問題があったのではないか」と厚労省の対応に反省も迫り、これまで責任を認めず、和解金支払いも「理由がなく困難」としてきた政府の姿勢を転換したことは評価されよう。
政府の姿勢を和解に転換させた大きな要因の一つは、血液製剤の投与後にC型肝炎を発
症した患者の症例一覧を厚労省が手にしながら、患者を特定して事実関係を伝える作業を怠り、批判を招いたことがある。大阪訴訟では、製薬会社が出したこの症例一覧に基づいて血液製剤の投与を認められた原告もいる。
病状や原因について患者に告知するのは、一義的には医師の仕事であるが、薬害に関す
る重要情報を知りながら、患者に伝える努力をしなかった厚労省の怠慢、不作為は厳しく責められて当然である。政治主導で開かれた和解に当たって、まず厚労省全体の反省が必要である。
ただ、今後の和解協議は難航も予想される。原告側は和解条件として▽責任を認めた上
での国の謝罪▽原告全員の救済▽患者に対する恒久対策の三点を求めている。これに対して政府内には、これまでの判決で政府の法的責任を認めた時期や範囲にばらつきがあることから、「原告全員に法的責任を認めることはできない」という声も根強い。国の責任の範囲や和解金額が今後の和解協議の焦点になるが、国と製薬会社は患者救済を第一に考え、できる限り原告側に歩み寄るよう望みたい。
また、政府と与党は現在、治療費助成や拠点病院整備などを柱とする肝炎対策の法案を
準備しているが、実効性ある総合対策も速やかに実施してもらいたい。