術後悪心・嘔吐予防(PONV)ガイドライン
新潟県立六日町病院 麻酔科 市川高夫
これは、デューク大学医療センターから2006年10月に発表されたガイドラインです。インターネットで原文は参照できます。
原文に忠実に訳したつもりですが個人で訳したため、誤訳もあるかもしれません。原文にも当たってください。
ウエイク・フォレスト大学バプティスト医療センター(WFUBMC)
背景:
術後悪心・嘔吐(PONV)の予防と治療のため、オンダンセトロン(ondansetron)を使用することは、ウエイク・フォレスト大学バプティスト医療センター(WFUBMC)薬剤部にとって高額の入手費用が必要となります。
最近の四半世紀の二つのレビューの両方で、オンダンセトロンは処方集の中の上位5つの「高価格薬」とされ、その薬剤費用は3ヶ月で13万7千8百72ドル(約1654万円)でした(しかし、これにはICUおよび病棟での使用も含まれます)。
成人の術中投与のもう一つのレビューで、投与量もまた様々であり、75%の患者は4mgを投与され、25%は、2、6、8、10または16mgを投与されています。
予防は全ての患者に適応されるわけではなく、我々の施設では、PONVの早期の積極的治療は、結果的に予防投与を受け嘔吐しなかった患者と患者満足度が等しかったという調査結果も考慮されるべきです。(1)
PONVには患者リスク因子、手術リスク因子、麻酔リスク因子があります。
リスクを増やす患者因子には、女性、非喫煙者、肥満、PONVまたは乗り物酔いの病歴、心配・不安および長い手術が含まれます。
手術リスク因子には、咽頭、眼、生殖器あるいは腹腔内に対する処置が含まれます。
全身麻酔はPONV発生頻度がMAC(Monitored Anaesthesia Care)や局所麻酔より高く、吸入麻酔はプロポフォール持続静注法よりリスクが高い。
術中オピオイド使用は同様にリスクを増加することがわかっています。
亜酸化窒素(笑気)の使用は、いくつかの研究ではPONVのリスク因子であるとされていますが、全ての研究においてではありません。
術後のリスク因子として、疼痛、めまい、強制経口摂取、そしてオピオイドが含まれます。(2)
ある種の手術―特に頭部および頚部―の後のPONVが合併症を引き起こすことが一般に認められています。
こういった手術の後のむかつきや嘔吐は、手術部位での受け入れがたい腫張もしくは出血を引き起こすこともありえます。
腹部手術後の嘔気・嘔吐が、創部離開を引き起こすかもしれないといういくらかの心配もあります。
そこで、PONVの対処法の一つの提案は、まずPONVを起こしやすく、それが合併症となりやすい患者を確認し、これらの患者のための予防を考慮することです。
PONVが起これば、治療のために適切な薬剤と投与量を処方すべきです。(3)
PONV予防の大規模多施設研究が最近NEJM (4)で発表され、PFホワイトによる論説が掲載されました。(5)
6つの異なる戦略が、以下のリスク因子の少なくとも二つをもっているため、少なくともPONVのリスクが40%以上と考えられる5199名の患者で、単独および併用して評価されました:女性、非喫煙者、PONVあるいは乗り物酔いの既往そして術後オピオイドの予想された使用。
調査結果は以下の通りでした:
・手術終了時のオンダンセトロン4mgもしくは手術開始時のドロペリドール1.25mg、あるいは手術開始時のデキサメサゾン4mgは全て等しく、プロポフォール導入、フェンタニルと揮発性麻酔薬を含む全身麻酔後の最初の24時間で、約26%のPONVリスクを減少させるのに有効でした。
・揮発性麻酔薬よりむしろプロポフォール維持、そして亜酸化窒素のための窒素の代用がリスクをそれぞれ19%と12%減少しました。
・介入は相乗的でなく、独立に無関係に作用しました。
従って追加の薬剤は利点が減少します。
著者たちとホワイト先生の結論:
・低リスクの患者に予防はほとんど適応されません。
・中等度リスクの患者には単一薬剤予防をし、高リスク患者のために複数介入予防を取っておくことが適切です。
・予防に使われたと同じ薬剤による治療は無効です。
・デキサメサゾンの低コストと安全性は魅力的な第一選択薬です、そしてドロペリドールの1.25 mg以下は臨床的に重要なQT延長の恐れも少なく効果的で廉価です。
デキサメサゾンとドロペリドールを一緒に使うと、5-HT3受容体拮抗制吐薬の単独使用より安くて効果的です。
(訳者注:5ーHT3 antagonist:granisetronグラニセトロン〔カイトリル〕、ondansetronオンダンセトロン〔ゾフラン〕、tropisetronトロピセトロン〔ナボバン〕、azasetronアザセトロン〔セロトーン〕、dolasetronドラセトロン〔日本未発売〕・・・薬価は何れも成人一回量で6〜7千円くらい)
他の情報源/研究からの抗嘔吐薬についての追加の情報(6):
(A) 5-HT3受容体拮抗制吐薬と比較して、ドロペリドールとデキサメサゾンは予防に同じ有効性をもっています。
(B) 二剤利用の併用予防は、単剤治療として投与されるそれぞれの薬剤より、より効果的です。
(C) デキサメサゾンによる予防は、24時間までは利点があるかもしれないが、作用発現まで時間がかかるので早期の投与が必要です(最大効果まで1〜2時間)。
(D) 効果が最大に続くようにするため、(デキサメサゾンを除いて)覚醒の直前の手術終了時に予防的治療を開始すべきです。
(E) 一般的な臨床用量で使用されるメトクロプラミド(プリンペラン)は予防には効果がなく、勧められません。
(F) 5-HT3受容体拮抗制吐薬のくり返し投与は、初回投与量(オンダンセトロン1mg、ドラセトロン(日本未発売)12.5mg)で得られる利点を越える追加効果はありません。
(G) 吸入麻酔中の中等量(50 mcg/kg/分)のプロポフォール持続静注は、吸入麻酔単独と比較してPONVに対する予防に利点があるかもしれません。
(H) 現在FDAから、ドロペリドールにQT延長−おそらくTorsade de Pointesの可能性−のリスクとして「ブラック・ボックスに入れた警告」があります。
以下の補遺を参照してください。
いくつかの一般的な制吐剤の現在の推薦された投与量と入手価格(North
Carolina Baptist Hospital)
薬剤分類 |
薬剤名 |
予防静注 |
治療静注 |
病院費用 |
5-HT3受容体拮抗 |
オンダンセトロン |
4mg |
1mg |
4 mg/$16.81 |
5-HT3受容体拮抗 |
ドラセトロン |
12.5mg |
12.5mg |
100 mg/$41.30 |
抗ドパミン 抗ヒスタミン |
ドロペリドール |
0.625-1.25 mg |
0.625-1.25 mg |
2.5 mg/$1.18 |
抗ドパミン |
プロメサジン |
適切でない |
12.5-25 mg q4-6
h |
25 mg/$0.94 |
抗ドパミン 抗ヒスタミン |
プロクロペラジン(ノバミン・パントミン) |
適切でない |
5-10 mg q4-6 hr |
10 mg/$3.44 |
抗コリン作動薬 |
ジフェンヒドラミン |
適切でない |
25 mg q 4-6 hr |
50 mg/$0.71 |
グルココルチコイド |
デキサメサゾン |
4-10 mg |
適切でない |
4 mg/$0.58 |
PONVの非薬物治療
(A) P6ツボ(内関)刺激―嘔気発生を減少させるが、嘔吐は減少させない。
(B) 追加酸素
(1)手術中は80%以上(残りは窒素で)
(2)少なくとも術後2時間は30%以上
(C)外来患者では積極的な晶質液輸液を
一般的な推薦―PONVの予防と治療:
・患者と処置のリスクを認識せよ
・もし適応されるなら、デキサメサゾンかドロペリドールをルーチンな予防法として投与しなさい
・5-HT3受容体拮抗制吐薬で突破口となる徴候を治療しなさい
・すでに5-HT3受容体拮抗制吐薬が投与されていたら、くり返し投与は行わない
・頑固な徴候には異なる分類の薬剤を投与しなさい
・高リスクの患者には併用予防法を考慮しなさい
・高リスクにはプロポフォール持続静注の利用を考慮しなさい
・術後疼痛を予防し管理しなさい
付録:
ドロペリドール:
・現在FDAから、ドロペリドールを「推奨薬用量もしくはそれ以下」の投与を受けている患者で、QT延長および/またはtorsade de pointesのリスクがあるとする「ブラック・ボックスに入れた警告」がある。
5-HT3受容体拮抗制吐薬にもQT延長のリスクがあり、この分類の薬剤によるtorsadeの症例報告もあるが、FDAはまだ警告を出していない。
心室頻拍(VT)を副作用と認識した制吐剤の臨床研究はまだないし、未治療のPONVのリスクと比較して、典型的なドロペリドールもしくは全ての制吐剤の実際のリスクは分かっていない。(7)
最近のFDA諮問委員会は、認可用量ではありませんが、0.625及び1.25 mgのドロペリドール投与量について十分な安全性と効果のデータはないと結論付けました。
周術期の成人の悪心・嘔吐の治療には初回2.5mgが最大推奨投与量とする認可ドロペリドール用量に対し「ブラック・ボックスに入れた警告」が出ており、FDAはこの警告を維持し続けることは正当であると感じている。
警告には、(認可投与量2.5mgのためには)QT間隔を評価するために投与前心電図と投与後2〜3時間の心電図モニターをすべきとも書かれている。
FDAは、より低用量の予防制吐と治療を案内するためには追加のデータが必要と感じている。
収集されたPONV試験における数千人の患者からのデータが、安全性と効果のデータとして適切であると認めたくないので、典型的な低用量での新しい臨床研究に資金を提供するという経済的インセンティブは製薬会社にはない。
・「ブラック・ボックスに入れた警告」は5年以上に渡ってFDAに報告された273例の副作用報告の結果であり、この中には2.5mgもしくはそれ以下の投与を受けていた患者での5例の死亡報告がある。
ハビブ(8)は、1.25mgかそれ以下の投与量を受けていた患者で、10例の心血管事象と2例の死亡を見出したが、薬剤と事象の間の因果関係は確認できなかった。
彼は、米国の販売データに基づいて、おおよそ100万分の1の発生率と見積もりました。
・病院にはこの問題に対し三つの対策をとれます。
120名の病院薬局責任者が答えた最近の調査で、それらの病院の28%が処方集からこの薬剤を削除していました。
薬を提供し続けている病院でも、40%はその使用を心電図監視できる区域に制限し、21%は最大投与量を2.5mg(2病院)、1.25mg(11病院)もしくは0.625mg(6病院)に制限している。
いくつかの病院では、使用をガイドラインを開発した特定の専門職員あるいは部門に制限しました。
(ウエイク・フォレスト大学バプティスト医療センターのような)多くの病院では、FDAの報告の解釈と薬の使用に関しては決定を臨床医に任せました。
References
1. Scuderi PE,
James RL, Harris L, Mims GR 3rd. Antiemetic prophylaxis does not improve
outcomes after outpatient surgery when compared to symptomatic treatment.
Anesthesiology 1999;90:360-71.
2. Scuderi PE.
Postoperative nausea and vomiting: prevention and treatment. American Society
of Anesthesiologists Refresher Course Lectures, 2003.
3. Gan TJ, Meyer
T, Apfel CC, et al. Consensus guidelines for managing postoperative nausea and
vomiting. Anesth Analg 2003;97:62-71.
4. Apfel CC,
Korttila K, Abdalla M, et al. A factorial trial of six interventions for the
prevention of postoperative nausea and vomiting. N Engl J Med 2004;350:2441-51.
5. White PF.
Prevention of postoperative nausea and vomiting--a multimodal solution to a
persistent problem. N Engl J Med 2004;350:2511-2.
6. Kelly JS.
Postoperative Nausea and Vomiting Data Sheet, October 2003.
7. Scuderi PE.
Droperidol: many questions, few answers. Anesthesiology 2003;98:289-90.
8. Habib AS, Gan
TJ. Food and drug administration black box warning on the perioperative use of
droperidol: a review of the cases. Anesth Analg 2003;96:1377-9.