和製ネットサービス「ニコニコ動画」のユーザーが、海外に広がっている。日本語で利用するサービスだから、日本語に慣れていない外国人には使いにくいはずだが、アジア各国で特に人気だ。10月には一部を中国語化した台湾版をリリースしたほか、韓国人ユーザーも増えている。
韓国人の女の子・リールさん(ハンドルネーム、18歳)も、ニコニコ動画ファンの1人。アニメ好きが高じて独学で日本語を身に付け、ニコニコ動画も日本語で楽しむ。
「アニメが好きな日本の人と友達になりたくて」――動画を見るだけではなく、自分自身も日本語の歌を歌って投稿した。曲はアニメ「らき☆すた」のオープニング「もってけ!セーラー服」。猛練習して歌い、思い切ってアップした。
かわいらしい声と自然な日本語に「うますぎる」「原曲に似ててかわいい」などたくさんのコメントが寄せられた一方、韓国嫌いの一部ユーザーが「アジアの恥」「国に帰れ」とひどい中傷を集中的に浴びせかけ、時に好意的なコメントを覆い隠した。
「うん……傷つかなかったといったら嘘ですね……」。リールさんは振り返る。だがニコニコ動画も日本も、嫌いになったりはしない。「応援してくれた人も、たくさんいましたから」
●アニメ字幕なしで見て日本語独学
リールさんは、ソウルの隣・オサン市に住む大学受験生。小学生のころテレビで「セーラームーン」や「スラムダンク」に出会ったのがきっかけでアニメにハマり、日本に留学したいと日本語を学び始めた。「日本語は下手で」と謙そんするが、日常会話は不自由しないし、漢字を交えたテキストチャットもお手の物だ。
「子どものころ、『日本に留学するにはまず、何をすればいいんだろう』と考え、勉強を始めました。ネットでひらがなやカタカナの覚え方を探したり、親戚にもらった日本の子ども用の本を、分からなくても読んでみたり。ちょっとできるようになってからは、字幕なしで日本の映画やアニメを見たり、ドラマCDを聞いたりして勉強しました」
日本に行ったことはないが、日本人の友人は何人もいる。Skypeの友人検索で日本人に話しかけ、友達になってもらったという。「電話(Skypeのボイスチャット)しながら、こなちゃん(「らき☆すた」の泉こなた)と(涼宮)ハルヒの物まねをしたり、歌ったりしてます。楽しいです!」
●アニメ好きの友だちがほしくて
日本のアニメが好きな韓国人の間で「ニコニコ動画」は有名という。ユーザーがアニメソングなどを歌った動画を公開する「歌ってみた」のコーナーが特に人気。ニコニコ動画で生まれたアニメソングメドレー「組曲 ニコニコ動画」も、ブログの口コミなどで広がっているようだ。
「歌ってみた」で人気の歌い手「Jさん」「いさじさん」「ゴムさん」のファンも、韓国にいるという。「どこかのブログでいさじさんのことをアニキって呼んでる人も見ました。みんなすごく上手でびっくり」
ニコニコ動画に集まる日本人アニメファンと知り合いたくて、リールさんは自分でも歌を投稿し、コミュニケーションのきっかけにしようとした。最初にアップしたのは桃井はるこさんの「hide and seek」。でも「下手だったのか叩かれてしまって」取り下げた。
次に選んだのが「らき☆すた」のオープニングテーマ「もってけ!セーラー服」だった。らき☆すたキャラ4人(泉こなた《こなちゃん》、柊かがみ《かがみん》、柊つかさ、高良みゆき)が歌う――という設定の曲だ。
「あたしは本当はこなちゃん役をしたかったのですが、みんなにツンデレ役にされてかがみんになりました」。リールさんは、ネットで知り合った声優志望の友人3人と役割分担。1週間この曲ばかりを聴き続けて猛練習し、家で録音した。ほかの3人もそれぞれのパートを家で録音し、重ね合わせたという。
せりふ入りのこの楽曲。CDに付いていた歌詞カードにせりふが載っておらず、何度も聞いては書き取った。「でも『はじめなさいよ』というせりふを『はじまりなさいよ』って間違って……恥ずかしいです」。間違いは、のちに動画に付いたコメントで教えてもらった。
●傷つかなかったと言えば嘘だけど……
「みんながんばって歌ったので、楽しくお聞きください」――8月16日、リールさんはそんな風に書き、動画をアップ(『ニコニコ動画』該当の動画へのリンク、要ログイン)。「うますぎる」「原曲に似てて驚いた」「かわいい」「韓国を身近に感じた」といった感想が寄せられた。
だが同時に、韓国嫌いの一部ユーザーが、中傷コメントを浴びせかけた。「アジアの恥」「国に帰れ」「日本のパクり」「韓国じゃ『らき☆すた』放送してないはずだろ。犯罪者め」……次々に投稿される中傷。時に他ユーザーの好意的なコメントも覆い隠した。
それに対するフォローもあった。「荒らしはごく少数」。動画にはそんなタグが付け加えられ、「荒らしは気にするな」「応援してるよ」「悪意のコメントを恥ずかしく思う。ごめんなさい」といったコメントが投稿されたが、それをかき消そうとまた、中傷コメントが投げつけられた。
リールさんは振り返る。「うん……傷つかなかったといったら嘘ですね……。でも応援してくれたみんなには、ほんと、ありがとうって伝えたくて。ほめてくれたコメントもあったし、応援もうれしかった」
そしてリールさんは、動画紹介を書き換えた。「らき☆すたは、日本の友人が教えてくれたんです。韓国にもCDやDVDを売っているサイトもあります。Amazonもそうですし……」――「パクり」「犯罪者」というコメントに対して、そんなふうに説明した。
動画を投稿した理由と、フォローしてくれた人へのお礼も書き入れた。「日本のアニメが好きな人に会えるかなっと思ってうpしたんです……。もういいですから……。1人でも楽しく聴いてくれればいいんです。今日も1日、いい日になるように……。応援してくれたみんな、ありがとうございます」(表記など編集部で一部補足・修正)
●台湾人は歓迎・韓国人は叩く?
アップから2カ月経った10月、この動画が急に日本で話題になった。台湾人258人がそろって日本のアニメソングを合唱したとする動画が人気を集めたことがきっかけだ。「台湾人は歓迎するのに韓国人を罵倒するニコニコユーザーはひどい」といった視点で紹介され、ブログや2ちゃんねるで取り上げられた。
この騒動で初めてリールさんの動画を知ったユーザーは、動画にアクセスし、彼女をフォローするコメントを次々に投稿。10月に新たに入った「NG機能」で中傷コメントを投稿するユーザーIDをNG設定するよう、コメントを通じて教えたりもした。
しばらくニコニコ動画を離れていたリールさん。ちょうどそのころ久しぶりにアクセスし、驚いたという。「たまたまアクセスしてみたら応援のコメントが増えてて。本当にいいタイミングでした。NG IDに、みんなが教えてくれたIDを追加しました。罵倒のコメントが消されてうれしかったです」
その後「日本人のアニメファンと友達になりたい」と、SkypeのIDも一時的に公開した。「たくさんの人が話しかけてくれてほんとうに大喜びです」
●「人はもともと、1人では生きていけないですから」
日本の一部のネットユーザーは韓国を敵視し、韓国人に対するひどい中傷を掲示板などに書き込むことがある。「韓国人も日本人が嫌いなんだろう」――「嫌韓」と呼ばれるユーザーは、そんなふうに言う。
リールさんは言う。「『○○人だから嫌い』という考え方自体が間違ってると思います。人はみんな友だちになることができるのに、何でそんなふうに考えちゃうのでしょう。人はもともと、1人では生きていけないんですから」
いつか日本に行きたいと思っている。「甘いものがすごく好きだから、ケーキバイキングに行ったり、『ハチクロ』(漫画『ハチミツとクローバー』)に出てきた観覧車に乗ったり、日本の友だちとカラオケに行きたいです」
「次回作にも期待!」――ニコニコユーザーのそんな声に応えて11月4日、3曲目もアップした。「みんな応援してくれるから、勇気を出してまた歌ってみました。あたしの歌を聴いてもらって、仲良しになりたいです!」
YouTubeの“日米交流”――日本大好きメガネっ子、炎上から復活まで
ITmedia ニュース
http://www.itmedia.co.jp/news/