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農業機械整備士から一言(8)農業はいずこへ
2007/11/02
10月も末の田んぼ。稲刈りを終えたあと、田起こしをしておく。(酒井多美男撮影)
(8)農業機械整備士から一言

1.農業機械投資の抑制?

 農耕地を集約して効率的な農業を展開し「機械投資を抑制」すればコストダウンに繋がる。これは農村を知らない学者や為政者の理論です。(*1) 

 我が国の農業機械業界は兼業農家の農外収入に支えられて成長して来ました。「大切な農地を自分の世代で荒地にしてしまっては御先祖様に申し訳ない……」この農民魂のお蔭です。兼業農家の機械購入を抑制し、需要が減少すれば「地域の農機具店」が真っ先に行き詰ります。いきおい優秀な技術者から先に転職してゆきます。技術者から見放された高性能農業機械は「素人の手」に負える物ではありません。モータースを呼んでもエンジン以外はチンプンカンプンです。トラクター位はなんとかなるでしょう。しかし、コンバインや乾燥機・籾摺機となったらお手上げのはずです。農機具屋は広範囲な知識と技能と経験を要する職種なのです。

2.整備士

 農業機械整備技能士という資格があります。労働省認定の職能資格として1975年に発足。社会的認知は極端に低い職種です。(*2)

 ほかにヤンマー整備士とか◎◎整備士というさらに詳細な技術を要求する資格もあります。重複も合せて7万人以上の人が働いています。稲作では田植機もコンバインも1年に僅か数週間しか動きません。他の農機具も大同小異です。彼らは、この僅かな期間に全てのトラブルに「如何に対処すべきか」を学ばなくてはなりません。かたや、お使いになる人は殆んど無免許状態。取扱説明書すら殆んど読んでいただけません。共同利用の機器に至っては取説の所在さえ解らないのが普通です。「故障だ!直ぐ来てくれ!」「今日刈取りしないと明日は台風だ」ユーザーは王様です?

 最近の高度化した農業機械は生半可な知識技能ではどうにもなりません。大型コンバインなどはキャビン・エアコン付きです。刈取りも高さも深さも自動です。本機自身の水平機能も常識です。コンピューターのCPUだけでも3基以上搭載し、正面にはディスプレイまで装備しています。価格も1,000万円をゆうに越します。初歩の技能を修得するのにも3〜5年はかかり、ベテランと呼ばれて「何でもおまかせ……」となると10年以上の経験を要します。プロ野球の10年選手なら実戦だけでも毎年130試合以上。1年の大半を野球漬けでキャリアをつめます。しかし、私達「修理屋さん」は10年選手といっても、単一機種に限れば10ヶ月の経験者に過ぎないのです。それぞれの季節に、真剣に[技術の習得]に努めませんと、あっという間に10年過ぎます。18歳で就業した社員も10年すればそろそろ妻帯者です。給与もそれなりでなくては居つきません。この業界での人材難は経営者の最大の悩みです。

3.行政の配慮は?

 さあ、農水省はどうお考えかな?考えても見なかったのではないでしょうか。集落営農への取組(農水省パンフ)では、なんと”個人所有の農機の廃棄”を呼びかけています。(*3)

 かたや、保守整備や現地修理については一言も触れていません。いつも故障しないで稼動するのを前提としているのでしょう。相談相手には「農業機械士」や各県の「農業機械担当者」を推薦しています。「農業機械士」は農機に精通した農業プロのことで、使い方が上手という人です。修理屋さんではありません。一方「農業機械整備技能士」は整備のプロです。1級は労働大臣・2級は県知事認定です。(最初から1級を受験するには10年の実務経験が必要です)。厚労省直轄の職業能力開発協会が取り仕切る国家検定ですから、農水省は口を出さないということなのでしょう。ひがみで書くのではありません。都市計画法・税法・相続法などの矛盾と一緒で、我が国の縦割り行政はここにも如実に現れており、あらゆるジャンルで混乱を招いているのです。機械なしに農業はできません。なのに、農水省には農業機械課というのはありません。行政改革で生産局・生産技術課・資材効率利用推進班・流通係の担当です。(つい先ごろまで『農蚕園芸局』さえありましたのに)国交省へ行ったら「農機??」……同省HPのサイト内検索で「のうぎょうきかいせいび」としても、ヒット0という我が業界の実態です。

4.お寒い限りの保守整備

 従って、農機具屋を開業するにも何処へも届け出る必要はありません。廃業も自由です。(負け惜しみかな?)「高性能農業機械を整備する施設の認定」という制度はあります。しかし使用者(原則農業者)に安全整備の法的義務はありません。大型トラクターでは大型特殊自動車の分類で「車検整備の対象」になっていたが、農家の負担軽減ということで平成9年に車検廃止となった。かろうじて運転免許だけは大型特殊(農耕用)の分類で残ったが、公道を走らなければ免許もナンバーも要りません。行政は『十分な知識と技能を身に付けて運転しないと事故に繋がりますので、十分に注意して操作しましょう。』と、業界の取説丸写しの遵守事項は定めているが、整備しなくても罰則はありません。

 そんな農業機械でもPL法は適用され、製造・販売の業者には厳しい責任を課しています。機械が適期に安全に稼動するのも、「商人の良心と心意気」だけが頼りという訳です。農業が特殊な産業だというほんの1例です。農機具屋も農村地域になくてはならない業種だといったら我田引水でしょうか?新農政ではこの事に全く触れていません。配慮そのものが欠けていて、農業機械の保守・故障・修理という概念は全く考慮されていないのです。このまま突き進めば、農協の農機部門さえも先行き明るいとは思えない。(邪推であって欲しいですが)

5.夢物語

 重複を承知で書きます。

 『機械投資を抑制し協業化によりコストダウン』という美名の下で『共同利用の農機には補助金』を出す政策がやがて展開されるでしょう。補助金は農業者団体を通じて……つまり、営農集団→農協→役場→県→国というルートで申請し、逆のルートで金が流れ、当然利権も渦巻くのです。個人はダメだが集団や協業なら補助金を出す行政。その延長線上で『個人所有の農機の廃棄』を推進したらどうなるのでしょうか?「明日から台風!……」となれば自己の機械を持って、一斉に田畑に出るのが農民です。過剰投資の機器があればこそ出来る芸当です。面積比例の思考では全く対応できません。大型機械の効率主義で収穫作業を展開すれば、ちょっと予想外の雨でも降れば、米の等級が落ち収入は大幅減です。コストダウンより「お日様次第」というのが農業の本質でもあるのです。。(一種のリスク管理なのです。)

 「明日のお米」を心配しなくてよい日本を実現したのは兼業農家なのです。行政はその存在を否定する政策を展開しようとしています。集落営農への取組(農水省パンフレット)でも、集落営農のモデルケースを並べ桃源郷のような収支計算を表記しています。しかし、農業機械販売店の目から見れば、このチームには機械を売れません。(長年の経験から)なぜなら新規購入は融資と補助金で支払えるとしても、この規模では修理代金さえ滞るでしょう。米の販売価格は年々10%近く下落しています。販売店としては資金繰りが心配です。もし不良債権となった時……修理を断れるのか?と考えると販売から躊躇するのです。(大型機械の保守修理は年間100万円をゆうに越します。顔見知りの農家から頼まれた修理はことわれません)先の稿で述べたように農業は総合技術産業なのです。今や機械ナシでは稲刈さえ出来ません。「スガイ」を綯う(なう)技術も絶えてしまいました。鎌で刈った稲をビニール紐で縛るのでしょうか?。それをどんな方法で脱穀するのですか?人力脱穀機なんて50年も前に姿を消しました。農業を甘くみていませんか?。どこが欠けても自給率の向上など「夢物語」なのです。平成27年には今より自給率は低下するでしょう。

6.兼業農家こそ農業者
  
 あらためて一言。

 「農業・農村地域の活力を引き出す」などと美辞麗句を並べ、補助金をばら撒いて[小型農機]を駆逐してはダメです。新法は何のために農村という字を付加えたのか?もう一度原点に立ち返って国土の健全保全の視点に立つべきと思います。兼業農家を駆逐すれば確実に過疎は進行します。農機具屋はおろか食品店・床屋・雑貨屋。はては郵便局さえ存在不可能です。少子化も促進します。我が国では多くの農産物が、生産過剰による価格暴落で農家を苦しめています。自給率が低い農産物は採算が合わない物ばかりです。「5haぽっちの専業農家」や「集落営農」などという夢を語らず、「特色ある兼業農家の育成」こそ日本農業の生きる道だと思います。非農家にも農業を開放すべきです。むしろ、生活費に困らない年金生活者の知恵と労力を活用すべきだと思います。。それが出来ないのなら「食糧自給率の向上」などと唱えないで、M&Aで穀物メジャーを買占めた方が早くて確実です。農林補助金の半分もあれば1社買えます。3年続ければ食糧問題は一挙に解決です。日本へ売る穀物を全てに優先すれば良いのですから……。

◇ ◇ ◇

(注1) 農業・農村地域の活力を引き出す農政改革の推進(平成20年度重点施策)より抜粋
(1) 品目横断的経営安定対策 【1,944億円】(集落営農と小規模個別経営の比較)
・小規模な農家が集まって共同で営農を行うことにより、農機具費等の経費を大幅に削減することが可能です。
・これにより所得が大幅にアップするとともに労働時間も大幅に減少します。
※ 約1haの水田作経営1戸当たりの場合(小規模個別農家) (集落営農参加農家)
経費96万円→ 72万円  所得4万円→ 47万円  労働時間578時間→ 132時間

詳細は平成20年度農林予算概算要求
(注2)農業機械整備技能士
(注3)集落営農への取組(農水省パンフレット)

◇ ◇ ◇

参考
認定工場と整備技能士
農業機械士
国土交通省
(伊吹春夫)
◇ ◇ ◇
コメはいま ライスショック




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