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【正論】南北会談その後 慶応大学名誉教授・神谷不二
■北の核「無能力化」の虚妄
■日本は当分の孤立・重圧に耐えよ
≪外交衰退が安倍退陣まねく≫
政治家とカネ、年金、閣僚不祥事、そして参院選大敗、安倍前内閣の崩壊は内政の失態が主因だと一般には考えられている。だが、盾の半面、すなわち国際外交における衰退こそが、むしろ命取りになったのではないか。
安倍前首相の国民的人気の源は、拉致問題をめぐる対北朝鮮強硬姿勢にあった。ブッシュ米大統領もそれに同調し、訪米した横田夫人をホワイトハウスに招きさえした。安倍外交にとって日米同盟と拉致強硬策は車の両輪であり、両輪が調和するかぎり政権の安定が揺らぐことはあるまいと思われた。
けれども、ほかならぬそのアメリカが昨年末激動に見舞われた。イラク戦争の挫折が明るみに曝(さら)されるにつれて、ブッシュ政権は、発足以来の対外強硬路線を融和の方向へ転換せざるをえなくなったのである。
昨年11月の中間選挙で記録的大敗を喫したブッシュは、外交のかじ取りを「硬」のラムズフェルドから「軟」のライスに代えた。この段階でアメリカの対北融和政策は動かしがたいものとなり、日本の拉致強硬路線は孤立を余儀なくされた。
今年1月ベルリンで交わされた米朝密約このかた、アメリカは対北譲歩をエスカレートさせ、中国との連携の下、6カ国協議を北の核「無能力化」の線で着々とまとめつつある。
アメリカの対北政策転換の背景には、より大きな問題として対中国政策の転換がある。クリントン時代のアメリカは、周知のように、中国を「戦略的パートナー」と位置づけてその歓心を買おうとした。
≪全面放棄にははるかに遠い≫
世紀が変わってブッシュ第1期政権は、それを「戦略的競争者(コンペティター)」と呼んで強硬姿勢に転じた。アメリカは、中国よりも日本を重視するかに思われた。中間選挙後のアメリカは、しかし、路線をまたも転換させた。ライスは「競争者」を「利害共有者(ステークホルダー)」と呼び変えて、中国重視を明らかにした。
北の核に関する6カ国協議は、要するに、北の体制存続を前提とする中国の朝鮮政策と、アメリカの融和路線との妥協の産物である。日米協調VS中朝連携という構図を日本が描くのは、幻想にすぎない。
ここにいたる過程で、アメリカは対北核政策の目標を根本的に変えた。かつてのアメリカは北に、「検証可能で、後戻りできない、完全な」核放棄(CVID)を要求し、それは日本の拉致政策と共鳴して北を孤立へ追い込むかに見えた。だが、いま求めているのは核の「無能力化」でしかない。
それは全面核放棄からははるかに遠い部分核停止にすぎない。それは結局、十数年前にみじめな失敗に終わった米朝「枠組み合意」の再演でしかなく、日本の拉致政策とは両立しない。さる10月初めの南北首脳会談の席上、金正日は「拉致された日本人はもういない」と語った。北はこれまでも拉致問題解決済みの発言を繰り返している。日本は決意を固めて今後の対北交渉に当たらねばなるまい。
≪米朝の融和にも限界がある≫
かりに北が全面再調査に応じるとする。それに対して日本が軽々に制裁解除、支援再開、国交正常化交渉開始などに踏み切るならば、それは即日本外交の敗北であろう。「対話」の美名に惑わされてはならぬ。拉致問題の「進展」とは口約束ではなく、現実の事態の変化を伴うものでなければならぬ。
アメリカの対北譲歩がここまで進んだ以上、「無能力化」を軸とする核問題はこのまま進展を続けるにちがいない。となれば、日本の拉致政策はますます置き去りにされる。日本はいま、重大な危機に臨んでいる。
とはいえ、「危機」とは、危険な局面であると同時に、大きな機会でもあるのだ。国際的孤立が長期化すれば、日本はその重圧に耐えられなくなるかもしれない。しかし半面、米朝の融和野合の力にも、おのずから限度があろう。それは意外に脆(もろ)いものかもしれぬ。
アメリカは理念の国である。自由と民主の理念は、北の超独裁体制とは本質的に矛盾する。体制存続の最後のよりどころとして、平壌は、核の全面放棄には決して応じないだろう。となれば、米朝対立の遠からぬ復活は、目に見えているといっても過言ではない。
北朝鮮問題は、つまるところ、北の体制変革なくしては解決の道がない。北の態度の増長にもかかわらず、その体制変革への誘因は確実に募りつつあるのではないか。その可能性を見据えて、日本はここ当分の孤立に耐えるべきである。(かみや ふじ)