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ガイア教の天使クジラ その2

人間の測りまちがい―差別の科学史ガイア教の天使クジラ その1の続き)

 21世紀の現在では想像するのも難しいが、概ね19世まではキリスト教の真理と人種差別はまったく自明のものであった。全知全能の神をトップに戴く一次元的な階層構造があった。

 そういうものを書き表すのにおあつらえ向きな不等号厨メソッドを使うとこうである。

古い存在の大いなる連鎖(各階層の差を作り保証しているのは神)

 全知全能の父なる神>>>(全知全能の壁)>>>天使>(できるだけ低いと思いたい壁)>白人>(越えさせたくない壁)>黄色人種>黒人≧(あまり高くないと思いたい壁)≧霊長類>鳥獣>魚>地を這うもの>草木>無生物>塵芥

 進化論を筆頭とする科学の進歩によって、この美しく居心地の良いヒエラルキーを維持するのはだんだん難しくなっていった。もはや人間は動物とは違って神によって特別に創造されたと信じることは難しくなってきた。この“危機”に際しての対応は大きく2つの方向に分かれた。

 1つは今でもID論を推進しているような、単純に用語をキリスト教的でないできるだけ科学的なものに置き換えるだけで、基本的にキリスト教の教えをそっくりそのまま守ろうとする方向。もう1つは進化等の科学的事実は認めるものの、今度は自然科学そのものに神の意志や人間への愛を見て取ろうとする自然神学の方向である。

存在の大いなる連鎖修正版(各階層の差を作り保証しているのは進化)

 神≒やがて人間が進化するべき究極の知性>>>(超未来の壁)>>>より高度に進化した人類>(できるだけ低いと思いたい壁)>白人>(越えさせたくない壁)>黄色人種>黒人≧(あまり高くないと思いたい壁)≧霊長類>哺乳類>鳥類>は虫類>両生類>魚類>昆虫その他>草木>微生物>無生物>塵芥

 全ての生物が人間に向かって一直線に進化の階段を「向上」してきたこと、そして白人が全ての人種の中で最も進化した人間であることを示すために、ありとあらゆる努力が傾けられた。この方向性はヒトラーの絶滅収容所に象徴される20世紀中頃にピークに達し、その反動で一気に衰退した。

 存在の大いなる連鎖は再び修正を迫られることになった。この“危機”に対する反応は前回よりももっと深刻で四分五裂することになったが、ある一派はフェミニズム・公民権運動・反帝国主義・自然保護運動その他諸々の思想状況の変化を目一杯取り込んで比較的魅力的な以下のような形に再構成することにした。

存在の大いなる連鎖最新版(各階層の差を作り保証しているのはラブリーでスピリチュアルな何か)

 母なる地球ガイア>>>(超科学の壁)>>>クジラ・イルカ>(できるだけ低いと思いたい壁)>白人>(越えさせたくない壁)>黄色人種≧黒人≧(あまり高くないと思いたい壁)≧霊長類≧哺乳類≧鳥類≧は虫類≧両生類>魚類>昆虫その他>草木>微生物>>>無生物>塵芥

 これが新しい存在の大いなる連鎖である。クリスチャン・ラッセンの絵が新しい宗教画である。計画性のない焼き畑で森林を破壊し、援助物資を内戦や子作りに浪費し、賢く可愛いチンパンジーやゴリラを迫害し、気高く罪のない鯨を殺害する愚かで野蛮な土人どもは、やはり自然を愛する我々が保護し導いてやらなければならない。新しい「白人の責務」である。これらは昔と比べると随分いい加減で格好悪くなってしまったけれども、それでも何もないよりはずっと安心だ。

 ここまで来てやっと過激な捕鯨反対派の中に「クジラは人間よりも知能が高い」という主張をするものがいることの意味がわかってくるだろう。古い存在の大いなる連鎖では「天使」、少し前の版では「より高度に進化した人類」がいた地位に相当するもの、自分たち白人のすぐ上にあって究極の存在との仲立ちをしてくれるものが、新しい大いなる存在の連鎖にも必要だったからだ。その地位に担ぎ上げるのに一番適していたのがクジラ・イルカだったのだ。

(今回の話にはあまり関係ないので深く追究はしないが、実在の宗教とその歴史を見る限り、どうも人にとって全知全能の神などの概念だけを信じろというのはとても難しく、天使や精霊といったそれとの仲立ちをしてくれる概念を必要とするようである。)

 私はもちろん白人ではないけれども、神の似姿からサルの同類に転落してしまった無念と恐怖を理解できないふりをすることはできない。反捕鯨派の主張が非科学的だと言って非を鳴らすのは簡単だがそれは何も解決を導くことはできない。問題はそこにはないからだ。もし本当に何か進展が必要だと思うのなら、少なくとも彼らの叫びをまともに受け止めて答えることができるようにならなければならない。

 「お前らはこれ以上いったい何を望む? 珍味だか伝統文化だか知らないがそんなもののために、棺桶に片足突っ込んで思想の墓場に運ばれる時を待っている老人の最後のわずかな希望まで奪おうとしないでくれ! クジラがカバに近縁の哺乳類の一種に過ぎないと認めてしまったら、いったい誰が俺たちをお前たち劣等人種と違って神の御心にかなう者であることを保証してくれるというんだ!?」(つづく)
存在の大いなる連鎖
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おまけ

おっくせんまんに続くロックマン2ソングヒット作。ノリがいい。これ曲はオリジナルかな?
この記事へのコメント
URL 2007/06/14(木)
ヨーロッパのキリスト教徒は近代に入って
地動説で世界の中心から
進化論で生物の中心から
精神分析で自己の中心から
追い出されたという話を聞いた事があります。

鯨の件が、科学を使った選民思想の肯定の亜種というのは興味深いですね。
木戸孝紀 URL 2007/06/16(土)
>天さん
まあそうですね。ちょっと前に書いた文明の変曲点の話とも関係しますけど、いわゆる社会問題と言われるものの多くには、近現代の文明の進歩の速度に人間の肉体も精神もついて行けてないという状況があります。
Cru URL 2007/10/15(月)
なるほど、あらゆるmeatrixな状況を棚に上げて捕鯨に反対できるのか得心できました。
では、彼らの無意識を顕在化するという反撃方法はだめですかね?
こういうかんじにならんかなと
http://reekan-j.hp.infoseek.co.jp/swetoho12.html
木戸孝紀 URL 2007/10/22(月)
自分で書いておいてなんだが「自然神学」の用語が気に喰わんな。これだと自然神学は2番目の連鎖特有のものだと言ってるように見える。むしろ自然神学は最初の連鎖についての用語なんだが。2番目の連鎖で自然神学の役割を担ったのが社会ダーウィニズムだというような言い方の方が正しいか。
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