市民のための耐震工学講座 5. 建物について 建物を分解すると 建物を分解すると,「支えるもの + おおうもの + 中にあるもの」と大きく分けることができます。ものによっては2つ以上に属するものもあります。「支えるもの」は柱や床など,「おおうもの」は窓ガラスや外壁など,「中にあるもの」は間仕切り,水道,電気,ガス,家具といった色々な設備などがそれぞれ挙げられます。また,「支えるもの」は建物にかかる力を受け持つので「主体構造」と呼び,それ以外の部分は「非構造部材」と呼ぶこともあります。 建物の中でも多く建てられているビルを分解すると,図15になります。建物を支えている骨組は図15-bのようになっていて,建物を支える力は「床→はり→柱→基礎→杭→地盤」と伝わっていきます。また,地震の際には耐力壁がはたらくことになります。今あげた主体構造以外はビルを支えるという点ではほとんどはたらいてはいません。ですから地震によって非構造部材がこわれても,主体構造がこわれていなければ地震に対する建物の強さは変わらず,多くの場合は修理すれば再び使うことができます。
また,住宅を分解すると図16のようになります。ビルとはかなりつくり方が違い,住宅が多くの部材から出来ていることが分かります。そして住宅の場合は住宅を支える力は「床→はり→柱→土台→基礎→地盤」と伝わっていきます。
建物にかかる力の基本 建物の「支える部分」は,床を除くと柱やはりのように細長い部材が多く見られます。ですから,建物に力がかかるとどのようになるかを知るには,細長い部材に力がかかるとどうなるかを知ることが基本になります。 細長い部材に力をかける方向は3種類あります。長い方向(以後,軸方向と呼ぶ)と,軸方向に直角の方向と,もうひとつ曲げる方向があります。長い方向に力をかける場合には,押しつぶすか引っ張るかのどちらかです。
まず,軸方向に押しつぶす力のかけ方を「圧縮」と呼び,その時に部材内部に発生する力を「圧縮力」といいます(図17)。このときは軸方向にしか力はかかりません。部材が圧縮をうけた場合のこわれ方には二通りあります。そのままグジグジにこわれる「圧壊」というこわれ方と,部材が弓なりのようになってこわれる「座屈」というこわれ方です(図19)。このうち,細長い部材の場合は座屈によってこわれます。
次に,軸方向に引っ張る力のかけ方を「引張(ひっぱり)」と呼び,その時に部材の内部に発生するカを「引張力」といいます(図17)。引張をうけた部材のこわれ方は切れてこわれる「破断」だけですが,こわれる様子としては二通りあります。1つ目は材料が,延びてねばった後に破断する「延性破壊」です。もう1つは,材料がねばることなく突然に脆(もろ)く破断する「脆性(ぜいせい)破壊」です。 また,軸方向と直角方向からの力のかけ方を「せん断」と呼び,その時に部材内部に発生する力を「せん断力」といいます。ところで本三冊を縦にして両手で挟んで持って中間の本を押しても落ちません。これは隣りの本が中間の本の表紙を上に押し,中間の本が憐りの本を下に押しているからです。本をたくさん横に並べてくっつければ,これは細長い部材と同じです(図20)。つまり細長い部材がせん断をうけた時は,内部でこれと同じような「せん断力」が発生していることが分かります。
そして,曲げる方向に力をかける力のかけ方を「曲げ」と呼びます(図18)。1冊のノートを曲げやすい方向に曲げてみます。すると,内側の方のぺージが外に逃げるようにずれて動きます。次に全ぺ一ジをのりできちんとくっつけると,今度は曲げるのにかなり力がいります。つまり,のりによってぺージがずれられなくなったために曲がらなくなったのです。つまり普通の部材が曲げをうけると,のりに当たる力を内部で発生させているのです。この時の力を考えると,ノートのぺージの内側の方は一枚内側のぺ一ジが逃げないような方向に力をかけています。また,部材の上の方の部分は圧縮を,下の方の部分は引張をそれぞれうけるように,1つの部材の中に圧縮と引張が同時に起こっています。 実際はせん断を受ける際には曲げも起こります。ですから,細長い部材に直角方向から力をかけると内部にはせん断力と曲げ力が発生します。これらの力を合わせると,図21の(b)のように部材内部の正方形部分をひし形にする力になります。すると,圧縮に弱い部材は図21の(c)のように,引張に弱い部材は図21の(d)のようにこわれます。以上のようなこわれ方はせん断にともなって起こるので「せん断破壊」と呼ばれます。
建物の構造の色々 建物の重さや地震の力などを伝える方法を「構造形式」と呼び,主に図22のような種類があります。このうちラーメン構造,トラス構造,壁式構造の三種類が多く使われます。では,これらの構造の考え方について説明します。
まず,図23の左上が建物の構造を考える上での基本形です。縦の部材が,柱,横の部材がはりにあたります。各部材のつなぎ目は丸く示されていますが,これはピン接合というつなぎ方です。ピン接合はブランコの板をつっている金属部分のつなぎ方をきつくした感じのものです。ピン接合では,つながっている相手の部材に関係なく回転できます。しかしこの構造では不安定で,横からの力で点線のように変形してしまいます。ではこの変形を防ぐ方法を考えます。 まず,図23の中上のように対角線に部材を入れて変形を防ぐ方法があります。このように入れる部材を「すじかい」または「ブレース」と呼ぴます。すじかいを建物に入れる際には,左右どちらの力にも同じように働くように両対角線に入れます。変形を防ぐこの方法は「三角形は3つの辺の長さが決まるとひとつの形に決まる」ということを使っています。これは図22の「トラス構造」にあたります。トラス構造は鉄道の鉄橋などでよく見かけますが(写真11),部材には原理的には圧縮か引張しかかかりません。
次に,変形するつなぎ目の部分をおさえてしまう方法が考えられます。すると図23の中下のような方法が考えられ,それが右下のように変わります。この方法は先ほどの「ラーメン構造」です。似たような名前を街でよく見かけますが,この「ラーメン」は「額縁」を意味するドイツ語から来たものです。よってラーメンでは部材を額縁のように長方形に組み合わせて,部材同士はつなぎ目が変形しないような「剛接合」でつなぎます。その場合,部材のつなぎ方は図の右下の剛接合がよく使われます。そうすると,ラーメン構造に力がかかると,圧縮,引張以外に,せん断,曲げがかかることになります。そして,地震などによって水平方向の力がかかると,特に柱の上下に大きな力が作用し,柱の上下がこわれる曲げ破壊が起こったり,柱の途中にひびが入るせん断破壊が起こったりします。 最後に,図の左下のように基本形の中をもので満たして変形しないようする方法があります。地震力に抵抗する耐力壁はこれにあたります。これは,一枚の板になっていると考えると壁式構造とも考えられます。このような広がりのある板のような構造に外からの力をかけると,圧縮,引張,せん断,曲げが板に複雑にかかります。しかし,複雑と言ってもレンガや石を積んでつくった建物の多くはこの構造ですから,昔からなじみの深い構造であるわけです。
地震に対する建物の構造 多くの建物はたいてい,ラーメン構造か壁式構造かで出来ています。ではこれらの構造が地震に対してどのようになっているか説明します。 ラーメン構造については前に述べましたように,地震の水平力によって柱の上下に大きな力がかかります。ですから,ラーメン構造だけの場合は柱の頭の柱頭と柱の脚の柱脚をきちんとつくっておく必要があります。あるいは,柱やはり以外にすじかいや耐震壁を設けてそれらに地震の水平力を専門に受け持たせる方法もあります。
壁式構造の建物は建物を支える構造が壁ですから,当然壁が多くなります。また,壁はラーメンよりも地震に対しては強さはあります。よって壁式構造は,ラーメン構造に比べると全体として相当な余力を持って地震に対して安定かつ充分に耐えることができます。 では,地震力に対して非常に重要である耐力壁(すじかい,耐震壁などのこと)について考えてみましょう。耐力壁の役割については,ティッシュの空箱で試すと簡単に分かります。ティッシュの空箱を動かないように下の方をおさえて横から押してもなかなかつぶれません(写真13)。しかし,両はしの面を外側に開いて横から押すと簡単につぶれます(写真14)。空箱の両はしの面を外側に開いたのは建物から耐カ壁をとることに相当します。これから,耐力壁がなくなると建物は簡単につぶれてしまうことが分かります。耐力壁がすじかいでつくられている場合も形は面ではありませんが,変形しないようにがんばって耐えているという点は同じです。また,耐力壁の数が地震の力に対して充分ないとつぶれてしまうのは明らかです。 しかし,耐力壁が入っていても,その配置が適切でない場合には建物がこわれることもあります。これもティッシュの空箱で試していただければ分かります。両はしの面の一方だけを切り取って横から空箱を押せば,開いている方がゆがみます(写真15)。このように耐カ壁を入れていない部分は地震の力が集中して他の部分より大きくゆがみます。加わる力がさらに大きくなればゆがみがもっと大きくり,場合によってはその部分がこわれて全体が,倒れることにもなりかねません。
とにかく建物をつくる際に重要なことは,地震力は特に建物の一番弱い部分に作用用するということです。そして地震カが弱いい部分を見つけると,それが部材内部であろうと接合部であろうとこわしにかかります。そのため建物を建てる時には,先ほどの耐力壁の配置のかたよりのように,弱い部分をつくらないようにする必要があります。しかし,地震時に建物が実際にどのような動きをするかについてはよく分かっていない部分もあります。まれにそのよく分かっていない所に弱い部分が隠れていて,思いもよらない被害が出ることもあります。ですから,専門家はそのようなことがないように建物についてより一層研究する必要があります。
建物と地盤 地震が起こると地盤が揺れ,その上に建っている建物も揺れます。この時に,建物の「相性」がうっかり地盤と合ってしまうと,建物は大きく揺れて最悪の場合はこわれます。では,この「相性がうっかり合う」ということはどういうことか説明しますが,「地盤と揺れ」の項も参照して下さい。
お皿の上にプリンをのせて,お皿を左右に動かして揺らしてみます。これを色々な揺れの往復時間,つまり揺れの周期で試してみます。するとある一定の揺れの周期でプリンが最も大きく揺れることが分かります。次に同じことを木綿豆腐でやると,これもまた一定の揺れの周期で最も大きく揺れます。しかしこの両例を比べると,最も大きく揺れる時の揺れの周期は違います。このことから,ものそれぞれで,それを最も大きく揺れさせる揺れの往復時間が,違うことが分かります。言い換えると,ものは最も大きく揺れる揺れの周期をそれぞれ持っているということです。これを建物に置き換えると,建物を最も大きく揺らす揺れの周期があるということになります。これを建物に固有な揺れの周期ということで「固有周期」と呼ぴます。この固有周期は一般的に,建物が,揺れにくいように「かたく」つくられていると短くなり,揺れやすいように「やわらかく」つくられていると長くなる傾向があります。プリンの例で言うと,プリンという建物が最も大きく揺れるのは「プリンという建物の固有周期」とお皿の揺れる周期つまりは地盤の卓越周期が一致する場合です。また,「やわらかいプリンという建物の固有周期」は,「かたい木綿豆腐という建物の固有周期」よりも長いということも言えます。
これまでで,建物の固有周期と地盤の卓越周期がほぼ同じになったときに建物が大きく揺れるということが分かりました。このことは,関東震災の木造と土蔵の被害を調査したときに初めて明らかになりました。関東震災後に山手と下町とで木造と土蔵の被害調査を行ったところ,図26のような結果が出ました。これを見ると明らかなように,木造は下町で多くこわれ,土蔵は山手で多くこわれたことが分かります。つまり,やわらかい構造である木造の長い固有周期がやわらかい地盤である下町の卓越周期にあい,かたい構造である土蔵の固有周期がかたい地盤である山手の卓越周期とあったということです。
このように,建物の被害の程度は周りの環境にも左右されるのです。つまりは,建物の固有周期と地盤の卓越周期の関係が,建物の揺れ方ひいてはその被害状況も左右するのです。この関係をうまく使った建物が超高層ビルです。超高層ビルは固有周期を地盤の卓越周期よりある程度長くして,揺れても「相性が合って」倒れることのないようにしてあります。「柳に風」という感じです。ですからあのように高くても,超高層は地震で倒れることがないのです。 |