【討論】格差社会を考える
国会などで所得格差をめぐる議論が盛んになっている。小泉首相は「格差が出ることは悪いことではない」としている。格差の広がりをどうとらえるべきか。(三浦潤一)
「機会の不平等」なくせ
〜大竹文雄氏
――所得格差が広がっている原因は。
大竹 所得分配の差を示すジニ係数を見ると、確かに1980年前後から日本人の所得の差は拡大している。その最大の原因は人口の高齢化だ。年齢が高いほど、同じ年齢層でも人々の所得格差は広がる。日本で全体的に所得格差が広がっているのは、高齢者世帯が増えたためだ。その他の年齢層では、同世代の所得格差はそれほど広がっていない。ただし、例外的に30歳未満では差が広がっている。これは若年層で失業やフリーターが増えているためだ。
――では、実態以上に人々が格差を感じるのはなぜか。
大竹 1度フリーターになると、将来にわたり正社員になれない傾向が強い。また、多くの企業で成果主義賃金制度を導入している。このため、たとえ今はそれほど差がなくても、将来、差が拡大すると感じる人が多い。さらに、インフレ時には、伸び率に差があっても、所得は総じて上昇した。だが、デフレ時には実際に所得が減る人も出る。同じ差でも、減ると増えるでは大きく違う。これも格差拡大を実感させることにつながっている。
――小泉政権の構造改革路線が格差拡大につながったとの指摘もある。
大竹 必ずしもそうとはいえない。構造改革が進むと、参入障壁に守られていた産業は自由化される。このため、そこで働いている人にとっては、確かに所得が減ることもある。しかし、参入障壁がなくなれば、新規に参入する人も出る。新規参入者にとっては、新たなチャンスが広がる。つまり、構造改革は機会の均等を広げるものであり、結果的に所得の差を縮める方向に働く。
――規制緩和が倫理感の欠如や独り勝ちの風潮を招いたとの声もある。
大竹 耐震構造偽装問題やライブドア問題は、不正監視システムが不備だったことが主因であり、規制緩和が原因ではない。金融やIT(情報技術)の分野では、1人のファンドマネジャーが、巨額の資金を運用するように、1人や1社が多くの顧客を持つという特徴がある。このため、一極集中が起きやすい。
――「勝ち組」「負け組」の二極化が進む現状をどう見る。
大竹 勝ち組の人は「勝てたのは自分の努力の結果で、負け組は努力が足りない」と思い込む傾向が強い。そうした考え方では、不況時にリストラされた人に向かって「お前たちは努力不足だ」というようなことになる。この傾向がエスカレートすれば、格差を解消するためのコンセンサスがますます得られなくなり、日本は対立の社会に行き着いてしまう。
――どうすればいいか。
大竹 規制緩和や技術革新のスピードが速い時代には、それに対応できない人はどうしても出てくる。こうした人々をすくい上げる社会保障制度などのセーフティーネットを拡充することが重要だ。また、機会の不平等もなくさなければいけない。現在、親の所得や職業が、子供の所得水準に大きな影響を与えるようになっている。どんな親を持つかは子供は選択できない。本人の努力とは無関係に、生まれた環境で差がついてしまうような社会は望ましくない。この不平等はなくすべきで、所得税の累進課税や相続税の強化は一つの方法だろう。
<略歴>おおたけ・ふみお
大阪大学社会経済研究所教授、経済学博士。専門は労働経済学。近著に「経済学的思考のセンス」など。京都府出身。45歳。
(2006年3月2日 読売新聞)