◇著者不起訴、少年側「納得いかぬ」
奈良県田原本町で母子3人が死亡した放火殺人事件を巡る秘密漏示事件で奈良地検は2日、中等少年院送致となった長男(17)の精神鑑定をした医師、崎浜盛三被告(49)1人を起訴する一方、調書を引用した本「僕はパパを殺すことに決めた」の著者、草薙厚子さんは不起訴にした。言論や出版の自由と少年法を巡って議論を呼んだ強制捜査は終結したが、識者からは言論界に与えた「見せしめ」的効果を危惧(きぐ)する声が上がり、長男側は「草薙さんの不起訴は納得いかない」と憤るなど、関係者の心にさまざまな傷や思いを残した。
この日保釈された崎浜被告は午後6時半ごろ、拘置されていた奈良少年刑務所(奈良市)を出た直後、取材に応じた。神妙な表情で、終始うつむきがちに「具体的なことはすべて裁判で話します。裁判の精神鑑定からは身を引きたい」と語った。
本を発行した講談社は「いかなる形であれ出版・報道に対する公権力の介入は許されるものではありません。逮捕・起訴された鑑定医の方に深くお詫(わ)び申し上げるとともに、社会的責任を果たすべく意義のある出版活動を続けてまいります」と草薙さんとともにコメントを出した。
一方、長男の祖父(66)は「崎浜被告は当然処罰されるべきだが、草薙さんの不起訴は納得いかない。孫の更生を妨げて、どう責任を取ってくれるのか」と憤りを隠せない様子だった。
◇強制捜査に違和感--ジャーナリスト、江川紹子さんの話
今回の事件は草薙さんの執筆方法に落ち度はあったと思うが、それよりも検察の強制捜査に違和感を覚える。鑑定医は逃走の恐れもないし、証拠隠滅の恐れもない。それで逮捕はおかしいのでは。取材される側がジャーナリストや報道機関に協力したらこうなるぞ、という見せしめ的な捜査だ。国民の知る権利と少年の更生をどう調和させるかという問題は学校や少年院の関係者、ジャーナリスト、父母を含めて議論すべきで、捜査機関が強制捜査という形で介入すべきではない。
毎日新聞 2007年11月3日 東京朝刊