医師が去り、病院が閉鎖される。各地で医療崩壊が進み、悲鳴が上がっている。一番困るのは患者ら国民だ。特に急性期医療は危機に直面している。産婦人科、小児科、救急で医師不足は深刻。これでは地域で子どもを産み、子育てができなくなる。
勤務医が消えるように立ち去り、救急医療を引き受ける中小病院が減って、残る救命救急センターに過大な負担がかかっている。こんな救急現場の惨状が十月中旬、大阪市で開かれた日本救急医学会の討論で次々に報告された。
勤務医の労働実態は過酷だ。泊まりを挟んで、三十六時間の連続勤務もよくあるという。医療には限界があるのに、患者や家族から過度な要求も増えている。医師は医療の安全に注意しつつ、多数の患者を診なければならない。
激務で疲れ果て、突然辞めていく医師や看護師たちがあまりに多いので、医療現場で「立ち去り型サボタージュ」という流行語も生まれた。
奈良県で昨年と今年、妊婦の救急車搬送で受け入れ拒否が表面化した。ある産婦人科医は「医師の人手が足りない。妊婦の受け入れ拒否は日常化している。なぜ奈良県だけが大ニュースになるのか分からない」と言う。
それを裏付けるように似たケースが各地で日々発生していることが、消防庁の調査で明らかになった。救急隊が昨年、妊婦を搬送しようとして三回以上受け入れを拒否されたのが六百六十七件、搬送先が決まるまで救急車が現場で三十分以上待機したのが千件を超えたという。
医師の数を人口千人当たりでみると、日本は二人。先進国で最も少ない国の一つだ。医師が不足しているため、医師一人が診る患者数も多い。医師の偏在も著しい。それなのに厚生労働省と日本医師会は一九八〇年代から医師過剰論を唱えて、医学部学生定員の抑制策を続けてきた。
病院の医師不足がこれほど顕在化したきっかけは、二〇〇四年に始まった医師免許取得後、二年間の臨床研修必修化にある。若い研修医が都会の病院に集中し、大学病院の医師確保が難しくなって大学から各地の中核病院に派遣されていた医師の引き揚げが相次いだ。よくも悪くも医師を供給して地域医療を支えていた大学病院の医局機能が壊れたことが響いた。
この際、長年とってきた医療費や医師数の抑制策を見直すべきではなかろうか。病院の診療報酬を上げ、勤務医の労働条件を改善することも一つの方策だ。
地域医療を担う医師の派遣に、研修医が集中する大病院は協力してほしい。若い医師が研修後、病院の地域医療に三年程度携わるようにするのも検討に値する。病院の集約化とともに、開業医と病院との連携を活発にしたい。
現在、日本では年間約百十万人が亡くなっているが、四十年後には年間約百七十万人が亡くなる「多死時代」を迎える。医療の需要はますます高まる。
このまま医療崩壊を放置すれば、将来は「命の格差」が拡大し、さらに荒廃する。過剰医療の抑制や財源確保の難題もある。国民的議論を通じて有効策を構築し、実践するときである。
('07/11/04 無断転載禁止)
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