●取材ノートから●(20) 2002年1月1日号

2000-01発行分

2002年発行分

潔癖性ニッポンの洗剤いらない論争

 昨年10月、家電メーカーの三洋電機と日本石鹸洗剤工業会の間で、「洗剤いらない洗濯機」の効果をめぐってバトルが勃発しました。問題の発端となったのは、三洋電機が6月から発売開始した全自動洗濯機「超音波と電解水で洗おう」。この洗濯機には、用意された洗濯コースの一つに「洗剤ゼロコース」があり、同コースの「洗剤なしでも洗濯できる」という惹き文句が話題を集めました。家電不況にもかかわらず売れ行きはなかなか好調とあって、危機感を募らせた洗剤業界側が、「洗剤無しで汚れは落ちない」と猛反発したわけです。

 ちょうどこの頃、日経エコロジー特別編集号「エコプロダクツガイド2002」(日経BP社)の取材で、洗剤ゼロコース洗濯機の環境負荷をどう評価するか、東大生産技術研究所の安井至教授への取材を進めていました。先生の評価を僕なりにまとめると、「大して汚れてもいない洗濯物を日本人はこまめに洗濯している。そのうえ洗剤もジャブジャブ使う。二重の間違いを犯しているのだから、軽い汚れに洗剤ゼロの洗濯を提案する姿勢はいいと思う」とのことでした。とても、わかりやすい解説だと思いませんか。これは、僕自身が以前から感じていたこととも重なる部分が多かった。

 少々大袈裟に言うならば、今回の騒動は、潔癖性王国ニッポンへの警鐘、とも受け取れると思うのですね。潔癖性王国への道のりが鮮明になったのは、僕は便座シートあたりからだったと思います。あれは80年代半ば頃だったでしょうか、この頃から「清潔志向・無臭化」の動きが世の中のトレンドとされてきました。そういえば、電車のつり革を拭いて使う人が出てきた、みたいなニュースもありましたね。

 この頃、僕はお掃除用具・用品の販売を行う会社の広告を担当していたのですが、いちばん疑問だったのが潜在的なニーズの掘り起こしという作業でした。例えば、「ほらほら、あなたの知らないうちにバイキンが繁殖していますよ」「清潔だと信じていても、実は実は、こーんなに不潔なんですよ」みたいな、怖がらせて気持ち悪がらせてニーズを顕在化させるような切り口の企画でした。当時は疑問を感じながらも仕方なくやっていましたが、どこかしっくり来なかった。そりゃあ、不潔よりも清潔がいい、臭いより無臭が快適だ。でもこんな手法をエスカレートさせていいのかなあ、と。疑問を人にぶつけたこともありましたが、共感を呼ぶことはありませんでした。

 疑問が当たりだったのかな、と思えたのは、90年代前半だったと思いますが、バリ島帰りの日本人に赤痢が発生した、という話題でした。インドネシア政府が異論を唱え、結局は日本人だけが赤痢菌への免疫が弱かった、みたいな結論だったと記憶しているのですが、過剰な清潔志向がもたらした災いの部分でした。

 そんな流れの中に、今回の「洗剤いらない洗濯機」の問題も位置づけられると思うのですね。一回使っただけで洗濯機の中にポイと投げ入れ、その上洗剤をジャブジャブ使って一生懸命に洗濯するのは、日本人くらいのものだそう。そういえば、僕にも身に覚えはあります。たくさんの水や電気、大切な時間を浪費しながら。

 記憶が正しければ、確か80年代にも洗剤無しで洗濯物を洗う代物が話題になったことがありました。これはテレビ番組で放映されたのを見ただけですが、超音波方式だったでしょうか、金属製の四角い試験器のようなものの中にあぶくが出ていて、その中に汚れ物を入れておくと洗剤無しでも汚れが落ちるというふれこみでした。これを発明したのは一匹狼風の発明家のおじさんだったかな、「もう洗剤なしで洗濯ができるんです!」と強調していて、何だか「これを一粒呑めばガンが治るんです!」のような、ウサン臭さも漂った情報でした。(※詳細をご存じの方は情報ください)

 確かこのときも、洗剤メーカーや、洗剤メーカーと協力関係にある家電メーカーとの軋轢を憂慮する発言がありましたっけ。なかなか商品化されないので、洗剤不要の洗濯・洗浄器具を開発するのはタブーなんだなと思いました。なかなかモノが売れないご時世となって、三洋電機はいよいよ、このタブーを破った、とも言えるわけですね。

 洗濯機騒動と前後して、旭化成は洗剤無しで使える新型ぞうきん「洗剤イヤ子さん」という商品を売り出し、やはり業界団体は「商品名を変えてほしい」と嫌悪感をあらわにしました。しかし、この後もTOTOが洗剤ゼロコースを新設した食器洗い乾燥機「ウォッシュアップ」を売り出したり、韓国のメーカーが三洋電機とは異なる方式の「洗剤いらない洗濯機」を開発して日本市場導入を検討しているとなどのニュースも伝わってきて、トレンドは「洗剤無し」へ一気になだれ込もうとしています。業界団体の、「洗剤いらないトレンド」への執拗な反発は、皆が「洗剤なんて、大していらないじゃん」と気づくことを恐れているあらわれでもあるように思います。

 ちなみに、僕は肌が敏感だということもあって、一年ほど前から入浴時には石鹸を滅多に使いません。一日中パソコンの前に座っている仕事なんですから、大して汚れちゃあいないでしょう。やってみると、案外快適ですよ。

2003年発行分

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