第九回:ゼノン石川
「元地獄文化局局長」
「元地獄文化局局長」・・・この言葉を聞いて、誰のことかピンと来る人は、立派な悪魔教信者だと言える。
「悪魔教」とは、聖飢魔IIというバンドが、ヘヴィメタルという地上の媒体を通じて地上暦1999年
(聖飢魔IIは最初に組織された時から地球征服達成時を西暦1999年と設定しており、この1999年を紀元年としている。
西暦に対して聖飢魔IIが用いるのは悪魔暦であり、B.D.はBefore Demonの略で西暦1999年を紀元年と考えるので、そこから遡って暦の数え方とする。
例えば西暦1990年は悪魔暦B.D.9年という事になる)までに地球征服を使命及び目標とし、布教していた教えであり、
信者とは地上で言うファンのようなものだ。
そしてその聖飢魔IIのベーシストであったのが、元地獄文化局局長、
ゼノン石川和尚(一方で「博士」や「画伯」という肩書きも持っている。以下肩書き略)だ。
ゼノン石川は、B.D.98038年6月22日、地獄の貿易港・サイドビーチで発生している。
世を忍ぶ仮の姿の美大生時代に、当時既に地獄から布教活動に来ていた聖飢魔IIの構成員と知り合う。
そしてB.D.13年(西暦1986年)の第四回悪魔事異動(地上で言う人事異動)で聖飢魔IIの構成員となる。
地球征服使節団の中でもとりわけ人間の文化方面への調査に明るく、世を忍ぶ仮の姿では美大へ通って地上の調査に力を入れていたことから、
構成員になる前に地獄文化局の局長に任命されていたのである。
血液型:α61式XX類別A357型。身長:172cm〜81m。体重:70kg〜60万t。足のサイズ:26.5cm〜13m。
聖飢魔II的には二代目ベーシストである。しかし、ゼノン石川が前任のゾッド星島親分に代わり
(実はこの二悪魔は師弟関係にある。地獄ではゼノン石川がゾッド星島にベースを、地上ではゾッド星島がゼノン石川に地上での過ごし方のノウハウを、
それぞれ教えているという、それぞれが師であり弟子でもあるという関係)聖飢魔IIに加入してからというもの、バンドの布教活動はより本格化し、
悪魔教はどんどん地上を席巻していった。
その事実上の立役魔こそがゼノン石川なのである。
その理由は明白。
前任ベーシスト、ゾッド星島との実力差である。ゾッド星島はどちらかというと、オノを振り回して凶暴に破壊・殺戮をする悪魔であり、
元々ヘヴィメタルという「音楽媒体」を通じて布教活動を行う聖飢魔IIには不向きだった、とも言える
(現に、ゾッド星島は布教活動を離れて地獄に栄転してからすぐに、地獄最高審問官・閻魔大王の役職に復帰している)。
それに対してゼノン石川は、世を忍ぶ仮の姿の子供の頃から絵画や図画工作などの芸術方面に才能を発揮しており、
聖飢魔IIの構成員になる前から既に世を忍ぶ仮の姿でギタリストとして地道に地上の調査活動を行っていた悪魔でもあった為、
更なるパワーアップを図ろうとしていた聖飢魔IIにとって、正に打ってつけの悪魔だったわけだ
(といっても、武器として「角(つの)」を常時携帯しているという、悪魔らしい一面も持ってはいるのだが)。
現に、ゼノン石川が加入してからの聖飢魔IIは、それまでどうしても付きまとっていた「色物バンド」というイメージを払拭し、
本格派ヘヴィメタルバンドの仲間入りを果たしたのである。
もっとも、構成員になるまでのゼノン石川は、ヘヴィメタルという地上の音楽に接触した事はなく、主にフュージョンやファンクなどの音楽を主に調査していたそうだ。
「個悪魔的には聖飢魔IIに加入して初めてヘヴィメタルを弾いた」と、後日語っている。
しかし、元々悪魔離れした音楽センスと卓越したテクニックとを持ち合わせていたゼノン石川だっただけに、
すぐにヘヴィメタルという音楽におけるベースの役割をモノにし、かつ自身が世を忍ぶ仮の姿で調査してきた、
地上の様々な音楽の要素をバンドに持ち込むことに成功している。
実際に、この頃からの聖飢魔IIの大教典(地上で言うアルバム)では、単なるヘヴィメタルという範疇にとどまらず、実に幅広いアプローチを聴かせている。
例えば、アップテンポのメタルナンバーであえて16ビートのベースラインを棄てて8ビートでスラップをする事で重厚さとグルーヴ感を表現したり、
スローバラードではフュージョンちっくでメロディアスなラインを入れて楽曲を演出したり、といった具合で、
単なる「ヘヴィメタルベース」に囚われないアプローチをしているのだ。しかもミサ(地上で言うライヴ)でも、
それを寸分違わぬ正確なテクニックを駆使して表現しており、微動だにせず黙々とボトムを支えるその容姿は、正に「動かざる事山の如し」との形容が相応しい。
メインベースはアトリエ・ズィーのジャズベースだが、フェンダーの'66ジャズベースでもサドウスキーのジャズベースでもバンドに相応しい音は得られなかった
ゼノン石川が、最後に辿り着いたベースというだけあって、こだわり抜いた音を奏でている。
そして聖飢魔IIがよりヘヴィなサウンドを創り上げることが出来るようになったのも、実際の所、
ゼノン石川と、その魔力が掛かったアトリエ・ズィーとのコンビに頼っている部分が大きい。
それほどゼノン石川の加入はバンドにとって大きな転機となった訳だが、そのことを証明するかのように、他の構成員もゼノン石川をして以下のように評価している。
デーモン小暮閣下(Vo.)「ゼノン和尚の言う事に一番重みを感じる。全く文句の言い様がない。」
ライデン湯沢殿下(Dr.)「(ゼノン石川の)プレイに風格が隠せない。」
エース清水長官(G.)「とにかく聖飢魔IIの大黒柱というか、寄り掛かってしまえるのだ。
ドラムを録って、ベースを録ると、ベースに合わせてギターを弾けばそれだけで気持ちいい。ベースに合わせているだけでドラムにもピッタリ合っていくようだ。」
Sgt.ルーク篁III世参謀(G.)「ベースを持たせて弦を弾かせるだけで、その存在が出る。それくらい超一流のプレイヤーだと思う。
色々なバンドと一緒に(イベントなどを)やったが、その中で一番和尚がいい。誰よりも音が太いし、最高の風格だと思ったぞ。
スタジオに入ったときには音色や弦にタッチするセンスといったものがより突き詰められるので、ステージよりももっと光る。」
・・・と、まぁこれだけを見ても、ゼノン石川が加入したことが他の構成員にとっても重要なターニングポイントとなった事は想像に難くない。
もしかしたら構成員の中でも最も「芸術肌な悪魔」なのかもしれない。
そして、地上は聖飢魔IIの思惑通りに征服されていった。
もっとも、当初地獄から派遣される際に予定していた程の成果があったのかどうかは、人間である私達には判るハズもない。
それを知っているのは聖飢魔IIの構成員と、聖飢魔IIを創設した張本悪魔、「地獄の皇太子“His Majesty”ダミアン浜田殿下」のみである。
しかし、信仰の度合こそ違えども、聖飢魔IIというバンドがいたことを、この地上で布教活動をしていたことを私達は記憶の中で知っている。
そういった意味では、「世の中にはびこる『所謂正しいとされていること』や『常識とされていること』をブチ壊すこと」を目的とした「悪魔教」は、
多かれ少なかれ人間に影響を及ぼした、と言えるのではないだろうか。
今、もう既にこの地上にゼノン石川は勿論、聖飢魔IIそのものも存在していない。
しかし、私達がいつかどこかで聖飢魔IIが残した音を聴くとき、それは地獄からの何らかの力が働き、
私達に「常識を常識と決め付けるな。世間が正しいと思っていることを正しいと鵜呑みにするな。」という、
聖飢魔IIが体現していたメッセージを改めて伝えんが為の、悪魔たちの仕業なのかもしれない。
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このベーシストへのいざない作品:
■1999・ブラッドリスト・元祖極悪集大成盤(聖飢魔II)
■1999・ブラックリスト・本家極悪集大成盤(聖飢魔II)
■ベスト・オブ・RX・ケミカル・エレメンツ(RX)