神奈川県個人情報保護審査会(会長・矢口俊昭神奈川大教授)が、県教委が県立高校などの入学式と卒業式の国歌斉唱時に起立しなかった教職員の氏名を校長に報告させている行為について、県個人情報保護条例が禁止する「『思想、信条』に関する個人情報の収集」に該当するとの判断を示したことが28日分かった。審査会は県教委に情報の保管や利用をやめるよう答申した。県教委は同日、「答申を尊重せざるを得ない」として、05~07年度の報告分を破棄する方向で検討を始めた。
県教委は06年3月の卒業式から、国歌斉唱時に起立しなかった教職員の氏名とその教職員に対して校長らが行った指導内容などを記載した経過説明書の提出を校長に指示。同年6月、県立高の教職員23人が「思想信条に関する個人情報」に当たるとして、集めた情報の消去や利用停止を県教委に請求した。
これに対し、県教委は「集めた情報はいずれも客観的事実で、不起立の理由も聞いていないので思想信条に該当しない」との決定を出し、報告を継続させた。
23人のうち16人は審査会に不服を申し立て、審査会は▽明確な理由のない起立拒否は想定しがたい▽起立しない理由の多くは、過去に日の丸、君が代が果たしてきた役割に対する否定的評価に基づく--などから「不起立の理由を聞かなくても一定の思想信条に基づく行為と推定できる」として、経過説明書に記載された情報を思想信条に該当する個人情報と判断。決定を取り消すよう県教委に答申した。
申立人の1人の県立上矢部高教諭、大和田章雄さん(55)は「画期的な判断で、教育を変える大きな力になる」と評価した。
県教委高校教育課は「主張が(答申内容に)生かされず残念」とし、今年度の卒業式以降については「これまで通り学習指導要領にのっとり、国歌斉唱時に教職員は起立するよう指導する。(不起立者の氏名を報告させるかは)県個人情報保護審議会への諮問も含め対応を検討したい」としている。不起立者の人数は「個人情報に当たらない」として、今後も各校に報告させる方針。
国歌斉唱時に起立しなかった県立学校の教職員数は▽05年度卒業式38校77人▽06年度入学式25校43人▽同卒業式27校48人▽07年度入学式17校25人。【笈田直樹】
==============
■解説
◇プライバシーの尊重に沿う判断
思想・信条や宗教、人種、犯罪歴といった個人情報は「センシティブ情報」と呼ばれ、保護する度合いの高い個人情報として、神奈川県のように、個人情報保護条例の中で取り扱い自体を禁止する規定を設けている地方自治体は少なくない。県個人情報保護審査会が出した答申は、こうしたプライバシー尊重の流れに沿った判断だと言える。
個人情報保護問題に詳しい園田寿・甲南大法科大学院教授(刑法、情報法)は「起立しないという行為自体が個人の政治的な判断であり、審査会の解釈は妥当」と指摘。
一方、国の行政機関を対象にした個人情報保護法には同様の規定はない。日本弁護士連合会などは、センシティブ情報の収集制限規定を設けることを主張したが、政府は条文化を見送った経緯がある。
しかし、今年6月には陸上自衛隊情報保全隊が、イラク派兵に反対する国民の個人情報を「反自衛隊活動」などとして収集していたことが発覚した。今回の審査会の答申を機に「官」による収集のあり方が改めて問われそうだ。【臺宏士】
==============
■ことば
◇個人情報保護審査会
本人からあった個人情報の開示や利用停止などの請求に対する行政機関の決定に、行政不服審査法に基づく申し立てがあった場合、行政機関からの諮問に応じて決定の当否を審議する第三者機関。国は法律、地方自治体は条例に基づいて設置している。
毎日新聞 2007年10月29日 東京朝刊