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小泉純一郎とブッシュ 腹心の「メンフィスの盟約」(2006/8/11)

プレスリーのサングラスをかけてブッシュの前で物真似をする小泉首相
 エルビス・プレスリーの物真似に興じる映像ばかりが伝えられた6月末の首相・小泉純一郎の米国訪問。封印されていた舞台裏が少しずつ漏れてきた。報じられなかったが、じっくり検証すべき出来事はいくつもある。その第一は小泉の懐刀、政務秘書官・飯島勲と米大統領ジョージ・W・ブッシュの側近中の側近、次席補佐官カール・ローブの邂逅(かいこう)だ。小泉の政権末期にあって腹心同士が盟約を結んだ意味は何か。

「エアフォース・ワン」搭乗前夜の対面

 6月29日午前、ワシントンのホワイトハウス前庭。盛大なセレモニーにやや硬い表情の小泉をブッシュがリラックスさせようと話しかけ、歓迎式典が進んでいた。両首脳の動きに目を凝らしていた飯島は2人の後方、ロープで仕切られた一般席に旧知の邦人ジャーナリストを見つけ、会釈した。ジャーナリストも軽く一礼を返したが、なぜかその後ろで同じように飯島に頭を下げる米国人男性がいた。飯島は訝しんだ。

 日米首脳会談を終えたその夜、ホワイトハウスではブッシュ主催の公式晩餐会がブラックタイで催された。随員のテーブルの1つに腰を下ろした飯島だが、長年の秘書の習性でメーンテーブルの小泉の動きは常に視野から外さない。ところが、飯島と小泉を結ぶ線上にまたもあの人物がいた。昼間の男だ。飯島が小泉に目線を向けると、どうしても目が合ってしまう位置に男の席がある。偶然の仕業であるはずがなかった。

 晩餐会がお開きになると、ホワイトハウス儀典長が飯島を呼び止め、その男を紹介した。「私はあなたのカウンターパートだ」と握手を求めた人物こそ、カール・ローブだった。飯島は名刺を手渡し、「あなたの名刺を」と促した。ローブは妙な答えを返した。「今夜はブラックタイなので名刺を持っていない。明朝、エアフォース・ワン(大統領専用機)に届けます」。翌日、ブッシュと小泉を乗せてテネシー州メンフィスのプレスリーの旧宅グレースランドに飛ぶエアフォース・ワン。日本側は小泉、官房副長官・長勢甚遠、駐米大使・加藤良三の3人しか搭乗できないと通告されていたはずだった。

 カール・ローブとは何者か。日本経済新聞の前ワシントン駐在記者・秋田浩之は2003年7月10日付朝刊の記事でローブをブッシュが絶大な信頼を寄せる「事実上の首席補佐官」として人物像を描き出している。政策決定から選挙対策、議会対策、宣伝工作まで政権戦略すべてを牛耳り、大きな影響力を発揮してきたと言う。政権一期目の正式な肩書は大統領上級顧問(政策・戦略担当)、二期目は次席補佐官と一見、目立たないが、実はホワイトハウス内で大統領執務室に最も近い部屋に陣取っている。

 筆者は近著『官邸主導 小泉純一郎の革命』(日本経済新聞社刊)で飯島を「日本のカール・ローブ」に例えた。政治制度は異なるものの、日米両首脳の腹心が果たす機能が酷似していると判断したからだ。30年に及ぶ首脳との絶対的な信頼関係。抜群の情報収集力と世論動向の素早い読み。全国の選挙区事情に通暁する強みなど共通項は少なくない。秋田が指摘する「直感を信じ、即断即決型のブッシュ」と「膨大な情報と緻密な計算で政権戦略を組み立てるローブ」の「補完関係」は小泉・飯島関係にも適用しうる分析だ。

「日本のローブだ!」叫んだ米大統領

 翌30日朝、ワシントン郊外のアンドリュース空軍基地。飯島、丹呉泰健(財務省)、別所浩郎(外務省)、岡田秀一(経済産業省)の4人の首相秘書官は出発準備を整えたエアフォース・ワンに早々と乗り込んでいた。前夜の飯島とローブの対面の後、「4秘書官と外務省北米局長のエアフォース・ワン搭乗」が突然、ホワイトハウスから日本側に伝えられたのだ。随員が皆、乗り込んで待ち受けるところへ、最後にブッシュ、夫人のローラ、小泉がやってきた。ブッシュは飯島を見つけると開口一番、叫んだ。

 「おお、日本のカール・ローブじゃないか!」

 小泉がすかさず混ぜっ返した。 

「違う、違う。アタマ、アーミテージ(元国務副長官)だ!」

 確かに飯島とリチャード・アーミテージはともにスキンヘッドに堂々たる体躯で、いい勝負だ。一同爆笑のうちに短い空の旅は始まった。銘記しておくべきは、ブッシュがもともと飯島の顔を覚えていたかどうか極めて怪しいし、まして「日本のカール・ローブ」などと呼びかけるのは不自然極まりないことだ。小泉本人は無論、腹心の飯島にまで大統領直々の強烈な歓迎のメッセージを送ろうと、ホワイトハウスが綿密なシナリオを練り上げていたことをうかがわせる。

 小泉とブッシュは機内で通訳だけを交え、2時間も話し込んだ。ワシントンで少人数会談、大人数の全体会談、晩餐会を前日にみっちりこなしたうえで、さらに濃密な2時間である。一方、日本側随員の前には果たしてローブが現れた。飯島と岡田にふるまわれたのは納豆かけご飯、うどん入り味噌汁、焼き海苔、たくあんのちょっと早い昼食。傍らではブッシュの親友でもある駐日米大使トーマス・シーファーが「こんな素晴らしい経験は初めてだ」とつぶやいていた。

 一行は小泉大乗りのグレースランド視察を終えると、訪米締めくくりの昼食会へ移動した。ここでローブが声を荒げた。「なぜイイジマがいないんだ!」。ローブのテーブルには日本側から内閣広報官・内田俊一、北米局長・河相周夫、首相秘書官・丹呉泰健が座っていた。ローブは隣のテーブルにいた飯島をどうしても自分のテーブルにと主張し、河相が席を立って、替わりに飯島が座った。「記念にみんなでこのメニューカードにサインして回そう」。そう発案したローブはそのテーブル7人全員のメニュー表に次々とこう署名していった。「飯島の副官 カール・ローブ」――。

 

ホワイトハウス歓待の思惑とは  

 実はローブは最近までワシントンでは苦境に立っていた。特別検察官による捜査対象になっていたからだ。イラク戦争への国民の支持を取り付けるため、大量破壊兵器開発問題に関連した機密情報を意図的にメディアにリーク、政権に都合の良い記事を書かせて世論操作を狙った疑いをかけられたのだ。このため、ブッシュは4月にローブを政策立案担当から外す措置をとらざるを得なかった。それが小泉訪米直前の6月13日、ローブの弁護士は不起訴決定の連絡があったという声明を発表した。

 ローブは政策立案担当の表舞台から姿を消しても、裏では今秋の米中間選挙をにらんで得意の選挙対策に専念すると見られていた。00年、04年とブッシュを担いだ2度の大統領選挙で「共和党が全米で常勝できる選挙体制の構築」を視野に集票基盤を着々と強化し、勝利に導いた大黒柱。支持率が低下する中で中間選挙を乗り切り、2期8年の任期完投まで求心力を維持したいブッシュにとってなくてはならない存在だ。そこへ不起訴は追い風になる。

 潜行していたローブが捜査の足かせを逃れ、再び表舞台へも顔を出せる環境が整いつつある。その矢先の小泉訪米だった。ローブは小泉と飯島の「歓待シナリオ」を文字通り陣頭指揮したわけで、改めてホワイトハウス内での隠然たる存在感を見せつけた。同時に小泉と飯島への国賓級と言うだけではない、前例のない数々のもてなしを、単に5年に及ぶ日米首脳間の厚い友情の証、と片づけておしまいにするのでは余りにナイーブすぎる。何しろブッシュ政権はまだまだ続くのだ。

 小泉訪米でもう一人、目を引く男の姿があった。防衛事務次官・守屋武昌が異例の首相随行を果たしたのだ。普天間飛行場の移設、海兵隊のグアム移転など在日米軍再編を巡る一連の厳しい日米交渉で、小泉は防衛庁長官・額賀福志郎と守屋に事実上の「全権委任」のお墨付きを与えて折衝させた。沖縄問題という厄介な国内政治問題が密接に絡んだため、水面下で飯島は相当な「アヒルの水かき」をした。その舞台裏と守屋随行の意味を最もよく理解していたのがホワイトハウスだったのである。

 自民党総裁選は小泉から後継指名を受けたも同然の官房長官・安倍晋三が独走する。首相の座に就けば早晩、「小泉離れ」を志向するのが政権交代の宿命だ。ただ、過渡期には小泉の影響力が相当程度、残るのも間違いない。党内には来夏の参院選で安倍が与党過半数割れの敗北を喫した場合、次期衆院選に向けて「ポスト・ポスト小泉は小泉」という再登板論すらくすぶる。ブッシュとローブの歓待にも政権移行後も「いざという時」の小泉や飯島への期待感が色濃くにじんでいる。(敬称略)


コラムアーカイブ
<以下は「小泉改革の政治経済学」での掲載分> 

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