◇エイズ、貧困 孤児200万
3月のある夜。タンザニア東部モロゴロ州の農家から、子供の泣き声が夜通し聞こえてきた。不審に思った隣人が訪ねると、家は外側から鍵が掛けられ、中に3人の子が置き去りにされていた。両親が子育てに耐え切れず「蒸発」したのだ。
子供たちは、州内のカトリック教会が運営する孤児院に預けられた。長女のリディアちゃん(6)は普段は物静かだが、時々両親を思い出し、精神的に不安定になる。「結局、農村の貧困が解消されない限り、こうした悲劇は続く」と教会のシスターはつぶやく。約70人の孤児は、ほぼ全員が農家出身。リディアちゃんは「将来は私もシスターになって、子供たちを助けたい」とはにかむ。
タンザニアでは、労働人口の8割が農業に従事し、農村部では経済的余裕がない。女性が出産にこぎつけても、「捨てる」親が後を絶たない。国民の7%前後がHIVに感染しているとされ、エイズを発症して死亡する親も多く、孤児は200万人を超すとされる。
医師不足も深刻だ。報酬面などから欧州などに働き先を求める医師も多かったが、政府はここ数年、報酬を高めて「流出」を防ぎ、医師免許の取れる大学を増やすなど医師数の確保に努める。
だが実際に農村部で妊産婦のケアや啓発を行うのは、農作業のかたわらボランティアで相談に乗る善意の農家が大半だ。当然、金銭的報酬もない。保健省の担当者は「国もボランティア教育をしているが、予算がない。国土も広すぎる。行き届かない面があるのは仕方ない」と素っ気ない。
日本の非政府組織(NGO)「ジョイセフ」は、キリマンジャロ州の農家が栽培したコーヒー豆を市場価格より高く買い取り、日本で焙煎(ばいせん)して販売。その1割を地元に還元している。生産者に貿易の機会を与え、最終的に自立に導く「フェアトレード(公正貿易)」だ。同州リャムンゴのナフタリ・マケマさん(78)は「おかげで収入は増えた。地域の妊産婦へのボランティアをする余裕もできる」と話す。
NGO「タンザニア家族計画協会」のニコリーナ・ムタティフィコロさん(55)は語る。「多くの村で、互いに助け合う気持ちが残っている。この精神がある限り、未来は明るいと信じる」【リャムンゴ(タンザニア北部)で篠田航一】
毎日新聞 2007年10月31日 東京夕刊