経済(761)

最新記事のRSS
佐藤 義典

NOVAの破綻と「滅びのDNA」~佐藤義典コラム30

佐藤 義典(2007-10-31 05:00)
Yahoo!ブックマークに登録 このエントリーを含むはてなブックマーク  newsing it! この記事をchoixに投稿

 このコラムでは、タイトル通り、身近なニュースを使ってマーケティングを考えていく。既によく知られたニュースについて(それについて擁護も非難もする気はない)、マーケティング的な解説・切り口を説明することを目的としている。


NOVAが会社更生法を申請

「駅前立地」そのものにリスクが…(東京・中央区銀座で、時事)

 10月26日、外国語学校のNOVAが会社更生法の適用を申請した。会社がなくなったわけではないが、自力での再建を諦めたことにはなてしまった。各種メディアでは、経営者の能力の問題、社内体制・組織の問題などが色々と取りざたされている。また、受講されていた方および講師の方には大変災難で、大変だったことと思う。

 ここでは、感情論と切り話、冷徹に、マーケティング戦略の問題からNOVA問題を整理しておきたい。

NOVAの売り文句:いっぱい聴けて、いっぱいしゃべれる

 NOVAの売上(単体)は559億円(2007年3月期決算資料)で、その8割近くの433億円が、いわゆる「駅前留学」の売上となっている。

 駅前留学の中核価値は「海外留学なみに……たくさん外国語を聞き・話せるシステム」(同社HP)であり、外国語をたくさん話せればうまくなる、という価値提案を顧客にしている。そして、キャッチコピーがあのNOVAうさぎの「いっぱい聴けて、いっぱいしゃべれる」だ。必ずしもそれが英語力に直結するかについては議論の余地があるだろうが、ここでは問題にしない。

 ここでは、「たくさん外国語を聞き・話せる」という環境を提供するのがNOVAのビジネスモデルの根幹にある、ということを指摘しておくにとどめる。

NOVAのビジネスモデル

 NOVAのビジネスモデルは色々と紹介されているが、ここにまとめておく

1.大量顧客・低価格

 「チケット」(レッスン受講の権利)を数百回単位で大量購入すると、1回あたり2000円以下のような低価格でレッスンが受けられる。低価格を売り物にしているから、当然利益率は低下する。

2.大量広告

 大量の顧客を獲得するために、大量の広告を投下する。2006年3月期では、広告費が売上高の16%に達したという。これも、販管費が高まり、利益率を圧迫する要因となる。

3.駅前立地

 「駅前留学」だから、スクールの立地が「駅前」の好立地になる。2007年3月期の単体総資産517億円の、3分の1近い152億円が「敷金及び差入保証金」となっている。このスクールの場所の費用なども当然固定費にのってくることになる。

4.売上の前倒し計上

 NOVAの業績は受講料の45%をすぐに売上として計上し、残りの55%をレッスンの提供期間に応じて計上していく仕組みとなっている。つまり、新規顧客を獲得し、100万円の契約となれば、レッスンをしなくとも45万円をすぐさま売上に計上してしまう。その売上は、解約された場合には幻想の売上となってしまう。

5.顧客の卒業

 外食なら、顧客はリピーターとして永遠に来るかもしれないが、外国語の場合には、効果が高いほど、速く卒業していく。良い外国語教室ほど、速く顧客が上達して、来る必要がなくなる、という皮肉なビジネスだ。そのためには、常に新規顧客を開拓しなければならない。そのためには、低価格で、大量広告で……という、1.2.へと戻るのだ。


滅びのDNA:ビジネスモデルに既に欠陥が内包されていた

 低コストには裏付けが無ければならないが、大量広告と、好立地の高い家賃、という高コスト構造が仇になる。ここに、まずビジネスモデルとしての厳しさがある。

 さらに、顧客が卒業していくので、さらに新規顧客獲得を……そして、売上の回収を急ぐために、契約時点で45%を売上計上するという危うい計上方法を選択し、後戻りできなくなったのだろう。売上として計上してしまっているから、解約した顧客に返金しない、という社会問題にも発展した。

 このように、NOVAのビジネスモデルには当初から致命的な欠陥が内包されていることがわかる。それが露呈したのが直近の決算だ。

 同じく上場しているGABAと比較してみよう。GABAはマンツーマンに特化した英会話教室なので一概に比較はできないが、参考にはなずはずだ。これを見ると、NOVAの高コスト体質がよくわかる。

<図>

 正確には、高コスト体質と言うよりは、低価格路線だったがゆえに利益率が上がらなかった、というところだろう。

 低コストで大量生産、というモデルは一概に悪いわけではない。そのようなビジネスモデルは、トヨタや吉野家など、優良企業でも普通に行われている。

 しかし、トヨタなどの設備産業であれば、機械や設備の効率化・省力化でコストを下げていける。しかし、NOVAのビジネスモデルの根幹は、「ネイティブとの会話」である。優秀な講師を獲得するには、人件費はそうそう下げられない。かといって、一人の講師が受け持つ1回あたりの生徒数を増やすと、効果・顧客満足が低下するので、省力化・効率化には限度がある。

 外食であればセントラルキッチンで効率化することもできるが、外国語講師については、くら寿司のようなセントラルキッチンを持つこともできない。さらに、外食の場合は「上達」することが無いので永遠に顧客で居続けることもありえるが、外国語教室ではそれはあまり現実的ではない。

 NOVAの名誉のために書いておくと、それなりの手段を講じようとはした。2006年3月期に上場以来初の経常赤字に転落。「今までが安すぎました」という電車の車内広告を覚えていらっしゃるかもしれない。

 そのときに、当時の最低価格1レッスン1490円を1617円に引き上げるなど、低価格モデルからの脱却を図ろうとはした。しかし、ビジネスモデルそのものは変わっていないので、根本的な対策にはならなかった。

 まとめると、大量に顧客を獲得するために低価格にし、そのためには大量に広告をする。スクールの立地がよくないと顧客が集まらないので、好立地すなわち高コストの場所を借りる。そこで得た契約の45%を売上として計上し、それをまた広告や家賃に投資する……という、非常に矛盾を抱えたビジネスモデルなのだ。

 つまりは、「滅びのDNA」とも言うべき要素をビジネスモデルのなかに抱えた会社だったと言って良い。「いっぱい聴けて、いっぱいしゃべる」は、もともと限界のあるモデルだったのだ。途中までは確かにうまく行き、上場もできた。しかし、その成功体験がビジネスモデルの変革の必要性に気づかせなかった、というのも、ある意味恐ろしい。

 クーリングオフに応じない、講師への給料未払いが発生する、などの新聞をにぎわせた数々の社会問題は、「結果として起きた」のだと私は考える。このような問題が会社更生法申請の直接の引き金を引いたのだろうが、それは現象であって、根本の原因ではない。

 利益率がもっと高ければ、給料の未払いなどは起きなかったのではないだろうか。原因は当初からのビジネスモデルにあった、というのが私の結論で、ビジネスモデルの重要性を世に知らしめた、という意味では経営学的にも重要なケースだと言えるのは皮肉なことだ。


参考資料:
http://www.nova.ne.jp/eki_ocha/index.html
決算資料は各社HP
日経流通新聞2006年6月2日9頁
日経金融新聞2007年4月10日4頁
日経産業新聞2007年10月23日付 28頁

 

【さとう・よしのり】 早稲田大学政治経済学部卒業後、NTTで営業・マーケティングを経験後、MBAを取得。外資系メーカーのブランド責任者、外資系マーケティングエージェンシー日本法人の営業チームヘッド、コンサルティングチームのヘッドなどを歴任後、2006年、マーケティング戦略を中核とするコンサルティング会社、ストラテジー&タクティクス株式会社を設立、代表取締役に就任。コンサルティングとわかりやすい実戦的な研修に定評がある。著書は「マーケティング戦略実行チェック」(2007年日本能率協会マネジメントセンター)、「ドリルを売るには穴を売れ」(2006年青春出版社)、「図解実戦マーケティング戦略」(2005年日本能率協会マネジメントセンター)など。読者数1万6000人の人気無料マーケティングメルマガ、売れたま!の発行者としても知られる。

コメントを書く マイスクラップ 印刷用ページ メール転送する
総合4点(計5人)
※評価結果は定期的に反映されます。
評価する

この記事に一言

more
評価
閲覧
推薦
日付
まえだ
31
0
10/31 11:38
むー
36
1
10/31 11:11
F-Taro
60
0
10/31 08:42
タイトル
コメント

ログイン

オーマイ・アンケート

光市の母子殺害事件裁判差し戻し審で、検察側は改めて死刑を求刑しました。仮にあなたがこの裁判の裁判員だとして、求刑は妥当だと思いますか?
OhmyNews 編集部
死刑制度には反対だが、求刑は妥当だと思う
死刑制度には反対、求刑も妥当でないと思う
死刑は容認する、求刑も妥当だと思う
死刑は容認するが、求刑は妥当でないと思う
分からない