椎名林檎を中心に2003年に結成以降、絶大な人気を誇る
東京事変。2007年の事変はこれまでの
椎名林檎が作詞/作曲を手がけるという体制を一変。バンド・メンバーにソング・ライティングを委ね、
椎名林檎が作詞と歌唱に徹するというニュープロダクトに挑戦しているのだ。先ごろリリースされたシングル「
OSCA」、「
キラーチューン」同様、いよいよ登場する3rdアルバム「
娯楽(バラエティ)」は主に2期メンバーの伊澤一葉と浮雲の書き下ろし曲を中心にした構成で新境地を見せている。
これまでの
椎名林檎の個性ありきな世界観から、よりメロディ/楽曲に耳が行くサウンドへと変貌を遂げているのはバンドとして注目すべき進化といえるだろう。
今回「gage」では
東京事変のこれまでの歩みを作品と共に振り返りつつ、最新作「
娯楽(バラエティ)」のカラフルな魅力に迫ってみようと思う。
東京事変3rdアルバム「娯楽(バラエティ)」
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デビュー当初から歌うこと以上に楽曲の完成度などクリエイティブな面を重視してきた彼女にとって、ここに来て屋台骨であるソングライティングを他のメンバーに委ねる選択は、かつて事変を結成したのと同じくらい大きな決断だったはずだ。
その結果、浮雲が7曲、伊澤が5曲、亀田が1曲と各メンバーがソングライティングの腕をふるった今作は過去の作品中もっともカラフルな仕上がり。60'sテイストの歌メロを軸に豪快なアレンジが吹き荒れる金魚の箱、壮大なミディアム・バラードの私生活、フュージョン/ジャズ・テイストな某都民、温かみあるメロディが印象的なSSAW、80’sな軽やかさが光るメトロと、聴くほどに耳当たりの良さが増して行く曲たちは、先述の試みが功を成したことを雄弁に物語っている。
突き詰めれば、より楽曲指向になったといえるが、演奏面ではセッション的な空間性を活かし音に絶妙な隙間が生まれたことで、各メンバーの個性も瑞々しく伝わってくるのも聴きどころ。
詞曲を高く評価されている椎名林檎がこの「娯楽(バラエティ)」では
そんな彼女の豊かな個性を一歩抑える代わりに、メンバーが作曲を
行うという新しい魅力をより前面に出すことで東京事変というバンド
全体にスポットを当てることに成功しているアルバムだ。
そう考えると皆(メンバー全員)が主役になれる「娯楽(バラエティ)」番組というのは、今作のコンセプトにもおのずと繋がってくる気がする。「1stが教育テレビ、2ndがペイ(有料)テレビ、今回は民放のバラエティ番組」という林檎本人の弁にもわかるように、過去の作品中もっともメンバーの表情がよく見えて、なおかつ幅広いリスナーが楽しめる1枚だ。
東京事変のメンバーによる娯楽(バラエティ)楽曲解説はこちら !! |
■01.ランプ
■02.ミラーボール
■03.金魚の箱
■04.私生活
■05.OSCA
■06.黒猫道
■07.復讐
■08.某都民
■09.SSAW
■10.月極姫
■11.酒と下戸
■12.キラーチューン
■13.メトロ
01.ランプ
「この曲は1曲目にしようと思って歌詞を書いたわけではないんです。結果的にここから先に進んでいくバンドのことが1曲目から歌われることになっていて、恥ずかしいんですけど、素直に書きました」(椎名林檎)
「歌詞がポジティヴでいいですよね。自分だったら、こういう歌詞は乗っけられないし、それが綺麗に成立していますからね」(浮雲)
「私も、自分の曲だったら、書かない歌詞ですよね」(椎名林檎)
「曲に関しては、明るいけど、童謡みたいなものではない脳天気な曲をやってみたいなと思ったんです。楽曲的には転調しますけど、直線的なベクトルに則っているし、サビ部分で急に跳ねる感じが可愛らしいかなと。ドラムもシンプルですし、刄田綴色の腕のモーションを想像しながら聴いてください(笑)」(浮雲)
02.ミラーボール
「去年のツアーでもやった曲なんですけど、私の喉の調子が悪くて、京都以降はキーを下げたヴァージョンでやったんですけど、ここでは元のキーが高いヴァージョンです」(椎名林檎)
「エロいですか? え~、そうですね。ま、男子ですから(笑)。この曲はとにかくアッパーな感じにしたかったので、テンポも速くなっているし、今までにない踊れる感じになっているんじゃないかと思います」(浮雲)
「でも、としちゃんのドラムが急にファンキーになったよね」(椎名林檎)
「そう、COUNTDOWN JAPANでやることになったから、ファンキーなアレンジにしてみました。歌詞はずいぶん昔に書いたんですけど、これはクレイジーな女子についての歌ですね」(浮雲)
「“OSCA”と“ミラーボール”、あと“メトロ”も男子目線の曲だから、歌うのが難しかったんです。浮雲は“女の子目線にしちゃっていいよ”って言ってくれたんですけど、人称を変えても、女の子が思わないことが書かれているから、結局、歌詞はそのままにして。そうなると、使う声色も自ずと決まってきて、こういう歌い方になっているんです」(椎名林檎)
03.金魚の箱
「この曲は、なんとなく林檎ちゃんが歌ったら可愛いんじゃないかっていう言葉を組み立てて、その上で自分でも分からなくなるくらい色んな伏線を張りました。元々の仮タイトルは“80'S”で、それっぽい曲を意図したんですけど、リズム録りの時に林檎ちゃんがいなかったので、歌なしの状態で録音しました。としちゃんのドラムもキレがよく、浮雲くんのギターアレンジも亀田さんのタイトなベースとあいまって、バンド演奏はよく出来ていると思います」(伊澤一葉)
「前作のアレンジに近いし、私のソロにも近い世界ですよね。歌詞は後から手を加えて、忙しい感じになったので、練習する時間もなく、締め切りも迫っていて、歌うのは大変でした。ただ、私の世界観に近い気がして、大好きな曲です。レコーディングは楽しかったです」(椎名林檎)
04.私生活
「亀田さんの曲なんですけど、師匠色強い曲ですよね」(椎名林檎)
「一聴した時は4曲目にしてホッと出来る曲というか、ずっと走ってきてパーキングに辿り着いた、みたいな曲ですよね」(伊澤一葉)
「シンプルに響く良品って感じ。こういうシンプルな演奏って、今、意外にない気がするんですよね」(浮雲)
「歌詞は“透明人間”の続編的な内容なんですけど、一番悩みました。というのも、みんなが書いてきた曲は引っ掛けがあったり、ひねくれてたりするんですけど、亀田師匠の曲はスパーンと真っ直ぐなので、歌詞でひねくれ返せばいいのかっていえば、そうではないし、何パターンも書いて、歌入れも最後まで待って頂きました。この曲では女性としての
視点というよりも、どちらでもない感覚で書けたらいいなと思って、それが今回のアルバムにおける私の歌詞のテーマだったりするんですけど、ここでは“社会に出ている自分が振り返る私生活”っていうことを考えて書きました」(椎名林檎)
05.OSCA
「“私生活”から、また、分裂的な歌詞世界へ。まぁ、忙しい世界観ですけど、しょうがないというか(笑)、まぁ、いなせな感じでいいんじゃないですか。皆さん、アルバムの中に入るとどうですかね?」(浮雲)
「亀田さんの曲の後に来ると、私はかえって安心するかな」(椎名林檎)
06.黒猫道
「去年の夏くらいに作った曲で、自分のバンドで歌おうかなと思ったんですけど、なんか、しっくりこなくて、お蔵入りになっていたんです。でも、林檎ちゃんが歌ったらいいのでは?と思って東京事変に提供しました。最近、放っておくと、自分の心拍数に近いミドルテンポの曲を書いているので、意図的に速い曲を作ろうと思って書いたんですけど、曲を作るというより、プレイで曲を引っ張っていくイメージですね」(伊澤一葉)
「これは伊澤くんっぽいですよね」(浮雲)
「うん、あっぱ(伊澤のバンド)みたい。この曲はすごく楽しいし、自分の子供が聴いて口ずさんでくれたらいいなと思ったんですけど、伊澤が付けた歌詞は非常にシリアスな内容だったから、歌詞に関しては、一人称がちっちゃくて、健気な感じが合うと思って、私が書いたんです」(椎名林檎)
07.復讐
「この曲に関しては何も考えてないです。でも、日本人がやらないロックって感じですよね。冒頭のエフェクトがかった絡みつくようなギターは伊澤くんが演奏しているんですけど、彼はいいギターを弾くんです」(浮雲)「ホントだよね」(椎名林檎)
「林檎さんの歌も格好いいですよね」(浮雲) 「歌詞に関しては、みんなに“どんな歌詞がいいか、アイディアがあったら言ってね”って言ったら、“お母さんみたいな感じ”って言うわけですよ(笑)。だから、すごい困ったんですけど、“お母さん”っていうイメージは自分で体感できることだから、自分の中の“お
母さん”像をイメージしながら書きました」(椎名林檎)
「そういえば、この曲に関して、僕にも歌詞のイメージがありました。子供を寝かしつけるために夜中起きていたら、救急車の音がして、“怖い世の中だから、私、この子を守り抜かなきゃいけないわ”って思うお母さんのイメージ。その話をしたら、伊澤くんに“だったら、自分で書けばいいじゃん!”って言われました(笑)」(浮雲)
「だって、イメージが具体的すぎるんだもん(笑)」(椎名林檎)
08.某都民
「これは問題作ですね。ヴォーカルは最初、僕がやって、次が伊澤くん。サビは2人の掛け合いですね」(浮雲)
「仮タイトルは“トリプル・ヴォーカル”」(椎名林檎)
「3人でヴォーカルをとることを前提に作りました。東京事変にはヴォーカリストが3人いるので、1曲の中でヴォーカリストが変わっていくのは面白いんじゃないかなって」(浮雲)
「僕は“いやらしく歌え”って言われたんで、そう歌ったんですけど、これ、恥ずかしくないですか?」(伊澤一葉)
「でも、自分のバンドでもそういう歌い方する時あるじゃない? それを受けて、この曲を書いたんだから、おかしくはないでしょ。歌詞に関しては、かつて発育ステータスをやっていた時、こういう遊び心のある歌詞を書いていたような気がしますね。ただ、3人が歌っているだけに歌詞をどう持っていくか、すごく難しくて、時間がかかりました」(椎名林檎)
09.SSAW
「タイトルは“スプリング・サマー・オータム・ウィンター”の略ですが、春夏秋冬とは付けたくなかったんです」(椎名林檎)
「この曲はアルバムのレコーディングリハが既に始まっていた中でポロッとできちゃった曲です。平和っぽいからやりたくなってリハに持っていきました。あと、デュエットの形になっているんですけど、元々 はデュエットの曲ではなく、林檎ちゃんに曲を紹介するために僕が歌ってたら林檎ちゃんが“これ、デュエットがよくない?”って言い出して、一悶着あったという」(伊澤一葉)
「なにチクってんの(笑)。でも、デュエットの方が気持ちいいし、結果的に良かったでしょ? 歌詞に関しては、男女が向き合って歌うような内容ではなく、老若男女がいるっていう情景がいいと思ったし、その老若男女が毎年楽しみにしている何かがある風景を書きたくて」(椎名林檎)
10.月極姫
「これはパッと出来た曲で、東京事変のために作ったものではなかったんですけど、歌詞は林檎さんに書いてもらいたいなって思ったんです。何故そう思ったか? 自分でも女の子っぽい曲だと思うし、曲に呼ばれたんじゃないですかね」(浮雲)
「これはそうだね。珍しく女の子っぽいよね」(椎名林檎)
「暗いわけでもなく、明るいわけでもなく、でも、無味無臭なわけでも
なく、喉ごしがいいような。コーラス・パートに関しては、作っている時、頭の中でハモりが鳴っていたので、そうアレンジしてみました」(浮雲)
「この曲はオケを録ってすぐに書いたんですけど、曲が女の子っぽかったので、性別に関係ない歌詞が多い今回のアルバムにあっては珍しく女の子らしい内容にしようと思って書きました」(椎名林檎)
11.酒と下戸
「この曲は感性に任せて、そのまま作った曲で、4、5分でするっと出てきたものですね」(伊澤)
「構成のされかたが美しく、非常にバロック的ですよね。この曲は、伊澤の 歌詞があって、彼が歌っていたものなんですけど、男の子目線の内容だったので、私が新しい歌詞を付けさせてもらいました。詞の世界は伊澤世界を引き継いでいるつもりです」(椎名林檎)
12.キラーチューン
「この曲も東京事変用に林檎ちゃんが歌えば映えるだろうなと思って書いた曲です。メンバー全員が自分のものにして演奏しているし、なにより歌の支配感がすごいですよね」 (伊澤一葉)
「伊澤がこんな曲を書くなんて思わなかったので、嬉しくなって歌詞を書きました」(椎名林檎)
「メンバー全員で楽しくアレンジしたのもあって、今の東京事変の明るい部分が出ているかもしれないですね」(伊澤 一葉)
「バンドを組んで、楽器屋併設のスタジオで初めてコピー曲を演奏した、みたいな、ピュアな喜びが詰まっていますよね」(椎名林檎)
「でも、これはギターが難しいから、コピーは大変そうですけどね」(伊澤一葉)
13.メトロ
「みんな、余計なことをしてないですよね。曲自体もするっと出来た曲で、間奏を付け足した以外、全くこねくり回していないし。僕、エロくて、屈折した歌詞ばかり書いてると思われがちですけど、こういうストレートな歌詞も書くことがあるんですよ、なんて」(浮雲)
「12曲目まで抑制されていたのが、解放された情景っていう曲ですよね。力が抜けていて、フラットだし、何回歌入れしても気持良くて疲れることがなかったですから」(椎名林檎)
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東京事変@MySound
バイオグラフィー |
椎名林檎が2003年に行った実演ツアー「雙六エクスタシー」のバックバンドを母体に結成。本来からバンド指向の強い彼女が選んだメンバーは亀田誠治(B)、刄田綴色(Dr)、H是都M(Key)、晝海幹音(G)といずれも名うての有志たち。バンドの一員からソロへ転向する例は珍しい話では
早くも同年夏には野外フェス「Meet The World Beat 2004」、「FUJI ROCK FESTIVAL’04」に出演。そして9月8日にデビュー・シングル「群青日和」をリリース。作曲をH是都が手がけたこの曲はオリコン2位を記録。続く10月には2nd シングル「遭難」、11月には1stアルバム「教育」と早くもリリースラッシュが展開された。
バンドで音を鳴らす原初的な喜びと、メンバーのさまざまな音楽的背景を凝縮させた「教育」はサンバ/ラテンの独自の解釈が聴ける「御祭騒ぎ」、パンキッシュな疾走感がたまらない「サービス」など斬新奇抜な楽曲も多く、事変のファーストシーズンを見事にアピール。こちらもオリコン2位の大健闘を見せた。12月8日には初のDVD「tokyo incidents vol.1」(PV集)をリリースしている。
2005年は1~2月にかけて全国ツアー「live tour 2005 dynamite」を敢行(この模様は後に出たDVD「Dynamite in」と「Dynamite out」で観ることができる)。
ツアーは大成功を収めたものの同年7月には個々の活動を尊重するべくH是都M、晝海幹音の2名が脱退を表明。第一期事変はここで終了することになった。
しかしその直後に新メンバーとして伊澤一葉(Key)と浮雲(G)が加入。この再建の早さには驚かされたが、11月にはシングル「修羅場(フジテレビ系ドラマ「大奥~華の乱~」主題歌)」、そして2006年1月には2ndアルバム「大人(アダルト)」を発売するなど2ndシーズンを加速して行った。
よりアレンジが複雑になり、プログレッシヴなバンドサウンドへ進化した「大人(アダルト)」だが、「スーパースター」、「透明人間」などポップな楽曲も擁した作風が好評を博し、初のオリコン1位を獲得。2月には日本武道館と大阪城ホールにて“新生東京事変、東西顔見世ライブ「DOMESTIC! Virgin LINE」”を行っている。
3月にPV集「ADULT VIDEO」のリリースを経て、4月7日より全国ツアー「東京事変"DOMESTIC!"Just can’t help it.」を開催。この模様は後にリリースされたDVD「Just can't help it.」に収録されている。バンドはその後7月にZAZEN BOYS、SOIL&"PIMP"SESSIONSとのライブイベント「SOCIETY OF THE CITIZENS vol.1」、年末には「COUNTDOWN JAPAN 06/07」に出演した。
2007年は椎名林檎がひさびさのソロ名義となるシングル「この世の限り」、アルバム「平成風俗」をリリース。これに続き始動した事変のサード・シーズンで発表されたのは、これまでほとんどが椎名林檎の自作詞/曲という基本ベースに代わり、2007年は新メンバーの浮雲と伊澤を中心に周囲のメンバーに作曲を委ねることで、彼女自身は作詞と歌唱だけに徹するというニュー・プロダクトの提案だった。
この形に則り「OSCA」(浮雲作)、「キラーチューン」(伊澤作)と2枚のシングルを連続リリースしたのに続き、9月にはその集大成となるアルバム「娯楽(バラエティ)」が到着。10月18日からは早くも全国ツアー「東京事変 live tour 2007Spa & Treatment」をスタートさせるなど、ここに来てさらに活発な動きを見せている。
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