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更新:2007年10月26日 10:00インターネット:連載・コラム

ガ島流ネット社会学

マスコミはなぜコミュニケーションの中心から消えたのか

 1月に「既存メディアは面白い時代に入る」と書いたが、その通りになってきた。毎日新聞がマイクロソフト(MS)との提携を解消して独自のニュースサイトを立ち上げ、そのMSと産経新聞が提携して驚かせた。さらに朝日、日経、読売の3社がニュースポータルで提携するANY構想も浮上。新聞社は、紙からネットへのシフトを加速させている。ビジネスモデルの変化についても語るべきことは多いが、それ以前の本質的な問題が忘れられている気がしている。マスメディア、特に新聞が読まれなくなり、広告が入らなくなっているのは、なぜなのか。それは、新聞の記事がもはや「話題にならない」=人々のコミュニケーションの中心に存在していないからではないだろうか。

■消え行く「想像の共同体」

 私自身の経験でもあるが、記者がブログを始めると「読者からダイレクトに反応がある」ことに驚く。マスメディアは多くの人に読まれているはずだが、一般読者からの反応は実のところ想像以上に少ない。では、誰が反応しているのか。多くの場合、社会部であれば警察官、政治部であれば政治家や官僚、経済部であれば企業トップや広報担当者などのステークホルダー、そして他社やOBだ。マスメディアといいながら、商品である記事の評価は長い間、政、官、財、マスメディアの狭い世界を循環していたに過ぎず、そこには多くの一般読者は存在しなかった。

「MSN産経ニュース」を発表したダレン・ヒューストン・マイクロソフト日本法人社長(左)と住田良能産経新聞社社長=9月25日

 一方、インターネットはダイレクトに読者から反応が届く。先日、MSN産経の記者発表会で産経デジタルの阿部雅美社長が「10倍の読者に向けて記事を書けると記者たちは燃えている」と発言したのも、その反応が影響しているのだろう。産経は2006年から「iza!」で記者ブログをスタートさせ、ネット空間に記者を投げ込んでいる。記者ブログには多数のコメントやトラックバックが寄せられ、阿比留瑠比記者(国を憂い、われとわが身を甘やかすの記)、片岡友理記者(日刊サイタマ、本日のダメ出し)といった人気記者ブロガーも出現した。

 もちろん、新聞記事が「まったく」読まれていないわけではない。ネット上のニュースの多くは新聞社の配信によるものだし、有益な情報も多い。しかしなぜ「コミュニケーションの中心」にならないのか。それはネットと紙という媒体の違いだけではない。「上から目線(権威主義)」「強引なフレーミングによる決め付け」というネット上のマスメディア批判からヒントを見つけるとすれば、新聞の核とも言うべき「論」が力を失っているからではないか。

 ナショナリズム研究などで知られるベネディクト・アンダーソンは「想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行」において、印刷技術とそれに媒介された言語の登場が近代の国民国家の枠組みを作り出したことを解き明かしている。国民国家に人々をつなげているのは同時性にあるとし、その要因の一つに新聞の日付を挙げている。

 「新聞の読者は、彼の新聞と寸分違わぬ複製が、地下鉄や、床屋や、隣近所で消費されるのを見て、想像世界が日常生活に見目に見えぬかたちで根ざしていることを絶えず補償される。虚構としての新聞を人々がまったく同時に消費(「想像」)するという儀式を作り出した」

 同じ新聞が日本全体に届き、読まれていることがつながりを作り出し、さらに新聞が「我々は」と書くことによって人々は国民国家という「想像の共同体」を自覚していくというわけだ。

 お茶の間に家族が集い、新聞記事の話題で会話に花が咲いた時代も確かにあった。家族のあり方、コミュニケーションも変わり、なによりも社会構造そのものが変化している。グローバリゼーションの進行とインターネットの登場が国民国家という枠組みを溶かしつつある。近代の終焉、ポストモダンとも呼ばれるパラダイムの変化の中で、新聞はいまも自分たちの「論」が有効だと疑わず、古いパラダイムに根ざしたステレオタイプの記事を書き続けている。

■マスコミは「市民の代弁者」か

 古いパラダイムは、奈良県で起きた妊婦の救急搬送問題の報道に見て取れる。マスメディア各社は、まず、搬送に手間取った救急隊と受け入れを断った病院をバッシングし、地元の基幹病院である奈良県立大学病院を「受け入れに余力があったにもかかわらず断った」と非難した。しかし同病院がホームページに医師の過酷な勤務状況を分単位で記載した文書を公開。すると今度は、奈良県や国にバッシングの矛先を向けた。

 一方、ネットに目を転じてみれば、産科の医師を含め、さまざまな意見が交わされている。例えば「患者が妊婦検診を受けておらず、かかりつけ医を持っていなかった」ことや、「お産に救急車を利用している」ことを疑問視する声が上がる。もう少し視野を広げてみれば、産科崩壊の背景に、福島県立大野病院の産科医逮捕、厚生労働省の通知による看護師の分娩時の内診禁止(横浜市の堀病院が書類送検されている)、さらには料金踏み倒しなど患者側のモラル低下といった要因があることも分かる。

 右肩上がりの経済成長が終わり、国家財政は厳しさを増し、人口も減少し、頼るべき国家の枠組みは溶解しようとしている。医師や行政といった「公」をバッシングするだけでは問題は解決しないことは明白だ。ネットでは「マスコミが地域の産科医療を崩壊させている」との声すら上がるが、いまだに「市民の声を代弁している」つもりになっている記者には、このような批判は理解できないだろう。なぜこのような乖離(かいり)が生まれるのか。

 報道の現場には「公務員や大企業はバッシングしても当然、叩き得」といった考え方がある半面、国家に対する弱者である「市民」を批判することはタブー視されている。このような「反権力」「市民派」といった紋切り型の日本におけるジャーナリズムそのものが、中央集権的な近代構造に寄りかかった古いパラダイムの裏写しでしかない。マスメディアはいまだに想像の共同体にとらわれている。

 ネットではそのようなカギかっこつきの「市民」は「プロ市民」と呼ばれ、失笑の対象でしかないが、新聞では「市民」の言動はNPOや労働組合によって強化され、政、官、財、マスメディアの循環に「市民」が加わり、「読まれている」という記者の意識を維持させている。

 さらに、ブログやSNSは誰もが発信できる状況をもたらし、マスメディアに代弁してもらう必要性が薄まっている。残念ながら「我々」を語ることが出来るのはマスメディアの記者だけではないのだ。ソーシャルメディアの登場は、マスメディアによる代弁機能を弱めている。最近、マスメディアから表明されているネット社会への批判や違和感は、新たなパラダイムへの恐れ、「市民」の代弁者としての正当性を奪われるという危機感の表われなのかもしれない。

■パラダイムの変化を捉えられるか

 新聞が引き続き啓発的な役割を担おうとすれば、これからのコミュニケーションの中心を占めることは難しくなるだろう。人々のつながりを生み出す「仕組み」は新聞だけでなくなっている。ブログや検索エンジン、SNSは新たな「つながり」を生み出している。そしてネットの自律・分散型の仕組みは個の存在を浮き上がらせる。

 産経のブログ記者も、以前紹介した徳島県上勝町「彩(いろどり)」の横石知二氏も個であり、その考えに共感(共鳴)して、話題が広がり、コミュニティーが作られていく。これは記者がブログを書けばよいという話ではない。パラダイムの変化を捉えているかどうかの問題だ。

 これからは代弁ではなく共感(共鳴)がキーになる。インターネットの構造そのものが新たなパラダイムを内包しており、紙が読まれないからネットに進出すればいいと短絡的な考えでは上手くいくはずもない。近代の終焉というパラダイムの変化は、組織に埋もれた顔の見えない記者が「我々」を代弁し国家に物申すといった従来のフレーム、ジャーナリズムのあり方そのものを問うているのだ。

-筆者紹介-

藤代 裕之(ふじしろ ひろゆき)

ブロガー@ガ島通信

略歴

 1973年徳島県生まれ。広島大学文学部哲学科卒業後、徳島新聞社に入社。社会部で司法・警察、地方部で地方自治などを取材。文化部では、中高生向け紙面のリニューアルを担当し「若者の新聞離れ」対策に取り組む。徳島大学付属病院医療情報部助手を経て、マイネット・ジャパンアドバイザーなど。日本広報学会、情報ネットワーク法学会、会員。2004年9月にブログ「ガ島通信」をスタート。メディアやジャーナリズムに関する議論から身辺雑記まで、幅広い内容を発信中。ブログ、メディアに関する執筆、講演多数。「ブログ・ジャーナリズム」(野良舎)、「メディア・イノベーションの衝撃」(日本評論社)。

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