揺れる「けんか祭り」
佐賀・伊万里市の秋祭り「トンテントン」の合戦で男子高校生がだんじりの下敷きになって命を落とすという事故が起こった。この事故を受けて、祭りを主催するトンテントン祭奉賛会は来年の祭り中止を決めた。祭りの中止は昔からの伝統や観光産業も絡む事もあって、今後様々な論議を呼ぶ事は必至である。
事故は「合戦」の最中に起きた。それぞれ600㎏ある荒神輿とだんじりをぶつけて倒し合うこの祭り名物の出し物は、一説では百数十年続くという。飛び入りで参加した高校生は、この倒れただんじりの下敷きになって帰らぬ人となったのだが、彼はお神酒を勧められて血液からは高濃度のアルコールも検出された。つまり、ただでさえ危険なところに彼は泥酔した状態で合戦に参加するというある意味「自殺行為」とも言える行動に及んだ訳で、当然、伊万里市内には二重の衝撃が広がった事は言うまでもない。
問題はこれだけではない。この祭りでは今年の期間中に73人が負傷したが、初日の合戦では脊椎損傷の重傷を負う男性まで出た。彼の場合も逃げ切れずにけがをしたという事だが、毎年重傷者が出るこの祭りは9年前にも死者を出している。愛媛の松山秋祭りや大阪の岸和田だんじり祭りなどいわゆる「けんか祭り」と言われる祭りはいろいろあるが、こういう危険度の高い祭りはなかなか万全の安全対策は難しく、今挙げた祭りもトンテントン同様に死者を出した事がある。
トンテントンに限って言えば、祭りの性格上からかけが人が出ると「名誉の負傷」として拍手で救急車を見送る風習があり、これを見た観光客は違和感を覚える者もいるという。その一方で、事故後も合戦存続を容認する市民も多い。「小さい頃から合戦の太鼓が聞こえると胸が躍った」という市民もいるくらいで、中には合戦に出るために里帰りをする若者もいる。これは前出の松山や岸和田でも同様の声が聞かれ、祭りが市民の生活の一部となっている事もまた事実なのである。
とは言え、これまでトンテントンでもけが人を出さないためにいろいろな対策を施してきた。1958年、1961年、1964年には飲酒禁止を打ち出したし、合戦回数の制限も数回なされた。さらに前回死者が出た時は、合戦回数の制限のみならず頭部防護の鉢巻の着用徹底などを決めたが、それでも今回、事故は起きた。昔ながらの伝統と現在叫ばれている安全の徹底を両立するのは相当容易ではない事がうかがえる。
「おごりがあったのかも知れない。事故は祭りのあり方そのものを問う転換期となった」と奉賛会関係者の1人は語る。これから2年かけて合戦の見直しを図るが、これという対応策がなかなか出てこないのが実情である。トンテントンの問題が解決しないと、他地域の「けんか祭り」でも同様の問題が出た時に影響を及ぼす事は否めない。今トンテントンは大きく揺れている。
(追記)トンテントンでは、負傷者を収容する病院でも重傷者を手当てをしている様子をこの病院の理事長がデジタルカメラで撮影して、自らのブログにアップした事が問題となって撮影した写真を削除する騒ぎとなった。「ブログを通じてこの祭りの問題点を問うつもりだった」と理事長は説明する。行為は正しいとは言えないが、祭りのあり方に疑問を投げかけている一例がここにも存在する事は確かである。
コメント