現在位置:asahi.com>社説 社説2007年10月29日(月曜日)付 希望社会への提言(1)―連帯型の福祉国家へ朝日新聞はこれから週1回、シリーズ社説「希望社会への提言」を掲載します。高齢化がいちだんと進む20年後を見据えて、求めていくべき未来像を描きたい。そんな気持ちできょうは幕開けのワイド版をお届けします。
◇ 生きがいや働きがいがあり、病気や年をとったときに生活を支える仕組みのある社会。そんな「希望社会」をつくるには、どうしたらよいのか。 私たちはこのシリーズを通じて「連帯型の福祉国家」を提言したい。その初回は全体的な構図を示してみよう。 なぜ、「連帯」が必要なのか。まず、受益と負担の姿から考えたい。 左下のグラフを見ていただこう。先進国クラブといわれる経済協力開発機構(OECD)諸国のなかでみると、日本は社会保障も教育も、公的な受益が低い部類に属する。同時に、税金に社会保険料を加えた国民負担率も下位のほうにある。私たちの実感とは違うかもしれないが、日本は「低福祉・低負担」の米国に近いのだ。「高福祉・高負担」の欧州、とくに北欧諸国とは大きく異なる。 これからも年金や医療・介護といった高齢者向けの福祉は、少なくとも今の水準を維持したい。そのうえで、欧州諸国に比べて貧弱な少子化対策や失業・雇用対策、さらに教育にはもっと力を入れ、せめて「中福祉」の国となるべきだ。 とはいえ、少子高齢化は人類初体験の超スピードで進んでいく。これを財政的にもサービス提供の面でも支えていくのは難事業だ。国民の負担も増やさざるをえないが、その前に大きな改革が必要だ。政府が福祉の内容を一律に決めるやり方では、地域の実情に応じたサービスができないし、経費もかさむからだ。 身近な市町村へ権限や財源を徹底的に移し、そこが自由に工夫して、福祉や教育などのサービスを提供する方式に変えたほうがいい。年金のような一律の「現金支給」は国が、医療、介護、教育のようなサービスの「現物支給」は、それぞれの事情がよくわかっている地域が担うという仕組みである。 ●地域政府をつくる となると、その主体は従来の「自治体」というより、自立した「地域政府」と呼ぶのがふさわしい。この地域政府に非営利組織(NPO)などの市民が参加していく。この連携には、企業も社会の一員として加わる。そんな「連帯」の輪がなければ、希望のもてる福祉社会はおぼつかないだろう。その概念図を左上のイラストにしてみた。 市民が地域政府の連携の輪に積極的に加わるようになると、予算の立案や審議、執行への監視も厳しくなる。市民参加による21世紀型の民主社会である。 すでに多くの地域で、市民の参加による試みが行われている。決して楽な道ではないが、そんな試行錯誤が日本中に浸透していけば、税金などの負担増を抑制しながら、より質の高い福祉社会をつくれるだろう。このやり方で「中福祉・中負担」をめざしたらどうか。 このような社会は、実は活力のある経済活動が支えてこそ可能になる。 中国やインドなどのアジア諸国が急発展し始め、追いかけてくる。負けないためには、知と技にあふれる産業や企業を育てていかなければいけない。 最先端の技術を駆使したものづくりは日本がリードしてきた分野だ。世界のトップクラスの技術を誇る町工場も珍しくない。ものづくりを大切にすれば、地域の活性化につながり、雇用の場を確保できる。格差社会の是正にもなる。 研究開発への投資をふやす。研究者や技術者を育てる教育や訓練制度も拡充する。技術革新で競争力を高めるには、創造力のある人材を育成したり、広く世界から求めたりすることが大切だ。 ●増税は福祉に限る 悩ましいのは負担のあり方だ。福祉の効率化だけでは、高齢化に対応しながら社会保障を維持・向上させていく財源は不足するに違いない。そのときは、消費税を中心とした増税や保険料の値上げで広く負担していくしかあるまい。 その場合、増税分でどんなサービスを維持・向上させるのかを明確にして、国民の納得を得ることが不可欠だ。 過去の借金の返済も必要だが、こちらは、経済成長がもたらす税収の自然増や、無駄遣いを徹底して追放することで実現させ、増税は使わない。 「連帯」の思想と、この財政の原則を貫くことが、希望社会の基盤となる。 ◇ ●20年後の未来図描く 子どもが減り、高齢者がふえる。社会保障に力を入れたくても、巨額の財政赤字がのしかかる。そこに、経済のグローバル化という大波が押し寄せ、生活の切り下げを強いられた。日本は衰退の一途をたどる――。 こんな悲観論が日本を覆っている。 村上龍の小説「希望の国のエクソダス」に登場する少年は「この国には何でもある。だが、希望だけがない」と言い放った。 バブル経済が残した不良債権の山。その処理を優先させた小泉政権の「改革」路線によって、日本経済は「失われた10年」の長いトンネルをやっと抜け出した。しかし、社会のひずみはさまざまなところで広がるばかりだ。この先どこへ向かったらいいのか、方向感を見いだせないでいる。 経済の規制緩和を進め市場での競争を激しくすれば、経済は活性化する。しかし、それが行き過ぎると格差が広がり、競争からこぼれた人々の不安や不満が社会を不安定にする。 かといって、負担を重くして福祉を拡大し、人々が福祉に頼り切るようになると、働く意欲が下がってくる。それで経済基盤が弱くなれば、福祉を支えられなくなる――。 ●欧米も迷っている 日本が抱えるジレンマは、日本だけのものではない。長く私たちがモデルとしてきた欧米諸国もまた悩みながら、揺れ動いている。 その代表が英国である。戦後いち早く「揺りかごから墓場まで」と呼ばれる福祉制度を整えたが、財政負担が重荷になってきた。そう考えたサッチャー政権(79〜90年)は福祉を切り下げ、国営企業を民営化した。経済規制を緩和し市場原理を導入して、経済力を取り戻そうと試みた。「小さな政府」路線である。 その後登場したブレア政権(97〜07年)は「第三の道」を掲げて路線を修正した。市場の機能を生かして経済の活性化をはかると同時に、手薄になった教育や医療を立て直す。福祉社会と小さな政府の中間を探ったのだ。 米国も「小さな政府」のレーガン政権(81〜89年)のあと、その副作用ともいえる社会問題を改善するのに苦労している。一方、福祉制度が最も充実している北欧諸国でも、制度の手直しに行きつ戻りつしている。 戦後の日本は、公共事業や福祉の拡大を通じて「大きな政府」の道を歩んだが、中曽根政権(82〜87年)は規制緩和や民営化の行政改革により「小さな政府」への転換をはかった。その後の曲折を経て、小泉政権(01〜06年)の改革もこの延長線上にあった。 ●失望を越えてこそ 非効率な「官」を改革し、「民」の競争力をつけるには、市場経済の仕組みを使うことが有効だ。その点で改革はまだまだ必要だが、同時に、人々が困った状況になったとき、生活や雇用を守る社会のセーフティーネットの充実が欠かせない。これがしっかりしていないと、安心して働けない。 日本に希望がない、といわれるのはなぜか。05年に「希望学プロジェクト」を立ち上げた東京大学の玄田有史教授は、岩手県釜石市の実地調査などから、「失望を乗り越えた希望こそ、本当の希望だ」という。 釜石は新日本製鉄が89年に高炉を休止し、元気のない日本を象徴するような地域だが、鉄の町の技術や気質をもとに、新しい企業群が育ってきた。 希望をもたらすのは漠然とした願望ではなく、「将来についての具体的な展望」であることを学んだという。 日本はバブルの崩壊によって、第2次大戦に続いて、いわば2度目の敗戦と失望を味わった。いま必要なのは「具体的な展望」だろう。 私たちは憲法60年を迎えたことしの5月3日に、社説特集「社説21 提言・日本の新戦略」で、「地球貢献国家」の構想を打ち出した。そのように世界へ向かって動き出すには、日本自身が体力を保ち、鍛えていかなければならない。「希望社会への提言」シリーズは、日本に漂う悲観論から抜け出し、その課題に応えられるよう未来図を描こうとするものだ。 ■提言していく主な内容 ・地域政府をつくり暮らしの決定権を ・新日本型経営で21世紀の雇用関係を築く ・福祉の維持・拡充は最低限の増税で ・国の借金は増やさず長期的に管理 ・すべての公的年金を一本化する ・高齢化を支えられる医療・介護の姿 ・産みやすく育てやすい社会をつくる ・連帯社会の主役は市民とNPO ・やる気と現場力を育てる教育へ ・知と技の産業を育て大競争を生き抜く 来年初めまで、原則として月曜日の社説の欄で「希望社会への提言」を掲載していきます。 ◇ ●希望は時代を映す ギリシャ神話では、パンドラの開けた小箱からさまざまな災いがこの世界に飛び散り、最後に希望だけが残った。人類の歴史とともに寄り添ってきた希望だが、そのありようは時代や社会を反映する。 音楽情報提供のオリコンによると「希望」という言葉が題名に入ったCDは、今年はすでに370点を超える。「未来に光を見いだそうという励ましの曲想が多い」と小池恒社長。 国立国会図書館に登録された書誌を検索すると、「希望」が題名に入ったものは、90年代後半から増え、00年代になって、さらに勢いを増している。 苦しい時代を乗り越えようとする時期、「癒やし」に続くのが「希望」かもしれない。 そういえば、92年の米大統領選で当選したクリントン氏は南部の町「ホープ」で生まれた。日本との貿易戦争に敗れ自信を失った米国民は、若さあふれる彼に「希望」を託した。 福田首相は所信表明で「自立と共生」とともに「希望と安心」を掲げた。どうやって実現させるのか、「希望」論議が盛り上がることを期待したい。 PR情報 |
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