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NASDA NEWS

技術研究本部

(NO.205 1998 DEC.)

低線量率放射線試験によるトータルドーズ効果

高性能民生部品の積極活用へ向けて、新たな試験方法の確立を進める。

 宇宙空間にはさまざまな放射線が飛び交っているため、このような環境のもとでトランジスタや集積回路といった半導体部品を動作させると、いろいろな障害が発生します。特に最新の微細化技術を適用した集積回路では、動作をつかさどる電気信号のレベルも微少になるため、ますます重要な問題になる傾向にあります。今回は半導体部品の性能を徐々に劣化させる代表的な現象であるトータルドーズ効果に関する研究成果について説明します。

 電離性放射線はその種類とエネルギーによって入射した物質中に発生させる電離量が決まっていますが、もとの放射線の種類やエネルギーによらず、それらが発生させた電離の総量だけによって決まる劣化現象をトータルドーズ効果といいます。実際にはバンアレン帯と呼ばれる放射線帯に存在する電子線と陽子線、さらに太陽活動に伴って太陽から放出される陽子線がトータルドーズ効果の主因となっています。一方、地上では電離量だけが一致すればよいという性質を利用して、放射性同位元素であるコバルト60が発生するガンマ線を照射することによって試験を行うのが一般的です。これは透過力の強いガンマ線の方がサンプル中に一様に電離電荷を発生させられること、運転コストが安いことなどが理由です。

 物質を構成している個々の原子に属している電子がエネルギーを得て飛び出すことを電離という訳ですが、導体中に発生した電離は、飛び出した電子の跡にもともとその導体中に存在している大量の自由電子のうちの一つが入り込んですぐに消滅してしまいます。半導体中でも同様の現象が起こります。ただし、半導体の表面に形成されている酸化膜中で発生した電離は少し状況が異なります。酸化膜は絶縁物ですから自由に動ける電荷がほとんどなく、飛び出した電子とその抜け跡である正孔が再会しない限り、なかなか電離状態は消滅しません。実際には、それぞれ逆極性の電荷を持っているために、周囲に電界が存在すると逆方向に移動してしまい、再会することは難しく、結果として移動に時間のかかる正孔だけが取り残されてしまいます。この正孔が酸化膜固有の欠陥に捕獲されると、もうそれ以上移動しなくなり、捕獲正電荷とよばれる固定電荷になります。これは主に電源電流や入力電流の増加を引起す原因となりますが、時間の経過に伴って消滅する性質(アニール効果)を持っています。また、酸化膜中に不純物として含まれている水素が正孔と入れ替わって移動を始め、半導体と酸化膜の界面に到達することより界面準位とよばれるものが生成され、主に反応時間の増加をもたらす原因となりますが、水素の移動が正孔よりもさらに遅いため、照射後数千時間にわたって増加傾向を示し、長期間にわたって影響を及ぼす性質があります。絶縁膜さえなければこれらの問題は生じないわけですが、残念ながら、絶縁膜はトランジスタの要素として使われたり、絶縁分離や表面保護を目的として重要な役割を果たしているため取り除くことはできません。

 実際の人工衛星はその寿命期間(通常は数年から十数年)中にわたって徐々に放射線を浴びるため、界面準位の効果の方が重要なわけですが、地上での試験に実機環境と同等の時間をかけることはできず、通常は数時間から数十時間程度で寿命期間中に浴びる量の放射線を一気に照射してしまい、結果として捕獲正電荷の影響の強いデータとなってしまいます。宇宙用として設計された部品は捕獲正電荷の生成を抑制する対策もとられているため、この方法でも大きな問題はありませんが、一般民生用部品ではこれによって電源電流の大幅な増加などが発生し、照射中に正常な動作状態を維持できなくなって破壊に至る例が多く見られます。これらの部品を使わないという判断は、安全ではありますが、せっかくの高機能部品を利用する機会を逸することになってしまいます。

 ここでは劣化現象の特性に注目して照射試練を実施した例を示します。従来の試験方法では電源電流の増加に伴って極端に不安定になる部品であることがわかっています(図−1参照)が、線量率を適切に選択することにより、安定な状態で照射を完了し、照射後も理論的に予測される通り、電源電流が直線的に減少するデータが得られました(図−2参照)。捕獲正電荷の性質は非常に良く研究されていて、同量の放射線であればそれを短時間に照射してそのままアニールしても、長時間にわたってゆっくり照射しても、結果として同一の劣化量を与えることが、理論的にも実験的にも示されています。したがって短時間の照射による電源電流の大幅な増加とそれに伴う破壊が回避できれば、同一条件で長期間にわたって使用した場合の劣化量を容易に推定することができます。つまり、照射後に見られる電源電流の直線的な回復特性を寿命終了時点まで外挿した値が寿命終了時点における劣化予測値となるわけです。低線量率の照射試験と引続き行うアニール試験により、これまでは宇宙用として使用できないとされていた部品でも、この実験で実環境では問題なく使用できることを示すことができました。

 この方法は、これまでの試験に比べて長時間を要しますが、一般民生用として設計された最先端の高機能部品を宇宙用として選択するための有力な試験方法と考えられます。

 そこで、電子・情報系技術研究部電子部品グループとしては、日本原子力研究所高崎研究所との共同研究を通じて同研究所の施設を利用して、本研究による評価試験手法の確立をはかると共に、データベースの構築等を継続的に実施する計画です。

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