福島県立大野病院で2004年12月、帝王切開手術を受けた女性が死亡し、執刀した加藤克彦医師が業務上過失致死と医師法21条(異常死の届け出)違反に問われている事件の第9回公判が10月26日、福島地裁で開かれた。
弁護側証人尋問の3回目。今回は臨床面から東北大学の岡村州博教授(周産期医学)が出廷、「(癒着がきわめて深い)穿通胎盤であれば術前検査で予測できると思うが、そうでない程度の癒着胎盤では予見は難しい」と、癒着胎盤は予測可能だったとする検察の主張を否定した。 さらに、周産期の臨床30年以上という経験から、「現場では、出血が多くても胎盤を剥離(はくり)し、子宮収縮を促すことによって止血操作をする(止血を目指す)」として、検察の「出血時点で剥離を止め、子宮摘出に切り替えるべきだった」という指摘は、現場では行われていないと主張した。 岡村教授は、加藤医師の逮捕・起訴後に、弁護側の依頼で鑑定書を作成した立場にある。また、加藤医師の起訴以前にも、日本産婦人科学会周産期委員会委員長(当時)の立場から、逮捕を遺憾として、過失の存在そのものを否定する意見書を提出している。 公判後に会見する平岩敬一弁護士=26日、福島県庁(撮影:軸丸靖子) 「通院中も入院してからも、超音波検査では子宮と胎盤のあいだに黒いすきま(クリアスペース)がはっきり見えており、癒着は確認できない」 「穿通胎盤のような深い癒着があれば、胎盤部分はスイスチーズのように穴が開いて見えるもの。このケースでは組織が均一に存在している。尿中潜血反応があったというが、これは妊婦にはときどき見られることで、これをもって癒着を疑うのは診断の行き過ぎといえる。カラードプラーで血流を見ても、癒着があると言うことはできない」 と、加藤医師の判断は妥当であったと証言。 「加藤医師は周産期医療についてよく勉強しているし、超音波診断の技術は非常に習熟している。カルテの記載からも慎重に患者さんを診ていることが見てとれる。もし癒着を疑わせる所見があったなら、カルテにそう書いていたと思う。(術中の対応についても)私も同じことをやっただろう」 と述べて、加藤医師が産婦人科医として未熟だったとする検察側の指摘を全面的に否定した。 これに対し検察側は、胎盤がはがれなければ子宮摘出に切り替えるべきとする教科書の記載があること、また前回帝王切開創がある場合は、それが子宮前壁であれ後壁であれ癒着胎盤のリスクを想定すべきことを問い詰めたが、岡村教授はこれらについても、 「そういう考え方があることは知っているが、実際に『胎盤がはがれない』という経験は私にはない。胎盤は、はがしてみればほとんどはがれてしまう。教科書に記載があっても一般的とは思わない」 「胎盤が子宮前壁にあれば、前回帝王切開創に胎盤がかかっているリスクが高くなるが、それ以外は通常の前置胎盤と同じと考えてよいのではないか。子宮後壁にある胎盤が前回帝王切開創にかかる率はきわめて少ない。範囲として、まずかかることはない」 と一蹴した。 ただ、岡村教授は日産婦常務理事の立場のほかにも、日産婦宮城地方部会長としてこの事件に批判的な声明を出している。また、加藤医師が所属する福島県立医大産婦人科医局の教授とは先輩・後輩の間柄でもある。検察はこれらに言及し、証言内容の中立性を弱めた。 ◇ 公判後に会見した平岩敬一弁護士は、「これまで証言に立った産婦人科の臨床医は全員、癒着胎盤であってもすべて、まず胎盤を剥離するとしている。これは、検察が言うような『出血したら途中で胎盤剥離をやめて子宮摘出に切り替える』ことは、臨床現場では行われていないということ」と説明。 「この事件の最大の特徴は、ガーゼの置き忘れや薬の取り違えといった明確な医療ミスがないのに、刑事責任を問われているということにある。医師が『これで止血できるのでは』と期待してやったことでも期待に反することはしばしば起きる。それを『可能性があるならすべきではない』とされ、刑事責任を問われるのでは、誰も何もできなくなってしまうのではないか」 と話した。 次回は11月30日。12月に再び被告人質問が行われ、残った証拠調べのあと、1月に結審の予定。当初予定よりずれ込んだが、求刑、最終弁論を経て、春ごろに1審判決の見込みとなる。
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