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社説:金大中事件 日韓は公明正大な再決着図れ

 34年前、東京都内で韓国の野党のリーダーだった金大中(キムデジュン)前大統領が拉致され、5日後にソウルの自宅近くで解放された事件で、韓国国家情報院の真相調査委員会が報告書を発表した。当時の韓国中央情報部(KCIA)の組織的な犯行だったとする内容である。これまでも推定されていたが、韓国政府側が関与を認めたのは初めてだ。政府機関の関与がなかったことを前提とする日韓の政治決着は、根拠を失った以上、見直さねばならない。

 多くの人々の記憶は薄らいでいるだろうが、事件は、白昼堂々と東京都心のホテルから滞日中の金氏を袋詰めにして密出国させる、という前代未聞の凶行だったことを忘れてはならない。犯行の大胆さ、凶悪さも衝撃だったが、日本の出入国管理をものともせず、主権を侵害するとは言語道断で、国際的な信義にもとる所業だった。あろうことか、韓国の国家機関であるKCIAが犯行に関与していたとは、あきれ果てた暴挙だと改めて指弾せざるを得ない。

 新事実が公式に明かされた以上、政府は政治決着を元に戻し、韓国政府に対して正式な謝罪を要求しなければならない。拉致現場から当時の在日韓国大使館1等書記官の指紋が検出された事実など捜査結果を踏まえ、書記官ら関係者の処罰や日本の警察による取り調べ、場合によっては日韓犯罪人引き渡し条約に基づく身柄の引き渡しを求めるべきでもある。

 外交関係への悪影響を避けるための便法だったとしても、政治決着の形で主権侵害の責任をあいまいにしてきたことは、日韓交流史上の由々しき汚点だった。ましてや韓国政府が昨年2月に公開した外交文書では、謝罪のため来日した当時の金鍾泌(キムジョンピル)首相と田中角栄首相との間で、なれ合いとも映るやりとりがあったとされる。事実とするならば、国家の主権があまりに軽んじられていたことに驚きを禁じ得ない。

 それにしても、34年ぶりの報告書とは、悠長にすぎるのではないか。被害者の金氏が大統領に就任した際、自ら真相を究明するものと期待されたのに進まず、日本側の関係者が失望した経緯もある。今回の発表には大統領選を控えた政治的な意図が見え隠れするが、過去の政権の旧悪を清算するのならば、刑事責任の所在まで明確にすべきだ。日本では容疑者の出国によって、時効が停止されていることも強調しておきたい。

 政府もまた、当時の対応について反省すべきを反省する必要がある。日本側のKCIAの協力者が事件にかかわっていた疑惑も消えていないだけに、警視庁など捜査当局は今回の報告書や韓国側の調査結果と照らし合わせながら、改めて真相を究明し、歴史に暗部を残さぬように努めるべきだ。

 日韓は海峡一つを隔てた隣国だけに、変則的な往来は戦後も見られたが、互いの主権を尊重しない限り、真の友好親善はかなわないとの認識を新たにしたい。北朝鮮による拉致問題の解決を図る上でも、重要な視点である。

毎日新聞 2007年10月25日 東京朝刊

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