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自動車政策 エコカー普及への苦悩 税金(3)

2007年10月24日

 社会をどう規制し、産業をどう育てるか。税金は、社会全体のために使うお金という機能とは別に、こうした役割を持つことがある。自動車への課税を通じて、「エコカー」の普及を目指すタイと、渋滞対策を進めてきたシンガポールの実情をみた。

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荷台に労働者をのせて走るピックアップトラック。市場の約7割をこの型の車が占める=バンコクで、高野写す

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シンガポールの自動車価格

■タイ

 アジア有数の交通渋滞で知られるバンコク。タクシーやバスに交じってよく目にするのは、後ろに荷台のついたピックアップトラック(PU)だ。

 日系企業に勤めるラピン・トンカムさん(35)は4カ月前に三菱自動車製のPUを買った。「モノが多く運べて、乗用車より安い。重宝しているよ」

 タイ国内では、PUが新車販売の約7割を占める。安いものだと、2500ccの新車で45万バーツ(約170万円)ほど。最低でも50万バーツはする1500ccの乗用車に比べて割安だ。

 価格差は税率の違いを反映している。PUにかかる物品税は最も税率の低い型で3%。乗用車の30%に比べてはるかに低い。農民の利便性を考え、政府が優遇措置を講じてきたからだ。

 だが、そう遠くないうちに、この風景は変わるかもしれない。

 「これからは環境にやさしい小型乗用車の生産を後押しする」。政府は昨年11月、「エコカー」の税率を優遇する新たな政策を発表した。「原油価格が上がり、地球温暖化が注目を集める中で、車社会の新たな形を作る必要があると判断した」(工業省)。燃費効率や二酸化炭素などの排出基準をクリアする小型車の税金を、新たに優遇するというものだった。

 突然の税率改定案に驚いたのは、すでにタイにPUの生産・輸出拠点を移していた日系の自動車メーカーだ。「市場構造に大きな影響を与えるような税率改定は望ましくない」。トヨタ自動車の幹部はタイ政府に進言した。税率改定でタイ国内でのトラック販売が減少すれば、世界約90カ国に向けた輸出も含めた生産コストにはねかえるという「企業の論理」も働いた。

 日系メーカーはタイ市場の約9割を占める。工業省としてもむげにはできない。政府内でも、税収減を嫌う財務省は大幅な税率引き下げに反対した。

 すったもんだの末、政府は今年6月、エコカーの税率を、最も安いPUと同じ販売価格帯に収まる17%に決めた。PUの税率を上げる一方、エコカーの税率を10%とする工業省の当初案からは大きく後退した。

 それでもエコカー生産に乗り出す企業はあるのか……。そんな政府の不安をよそに、いち早く参入を決めたのがPUを生産していないホンダだった。

 同社は7月、バンコク近郊のアユタヤに新たな工場を造ると発表した。「これからは世界的なエコカーの時代が必ずやってくる。政府の決断は、産業政策としても賢明だ」と現地法人の大山龍寛社長。

 工業省のチャックラモン事務次官は「7割がトラックという市場はどうみても異常で、税制のゆがみが生じている。小型車の普及で国内の渋滞も緩和され、大気汚染の改善にも寄与するだろう」と期待する。(バンコク=高野弦)

■シンガポール

 シンガポールの目抜き通りオーチャードロードで、女性向け美容クリニックを妻と営む医師の梁万良さんは大の車好き。医学生だった19歳の時に運転免許を取り、30年余りの間に43台の車を乗り継いできた。

 今の愛車は、6年前に80万シンガポールドルで購入したフェラーリ・モデナ。当時のレートで5000万円以上と、日本での3倍近い。「高い? 国の政策なんだから選択肢はなかったよ」

 高くなるのは、計137%という高率の物品税や登録税などに加え、COEという車両取得権を購入しなければならないためだ。220万円相当(海上輸送費・保険料含む)の日本車を例にとると、シンガポールでの価格は約8万6000シンガポールドル(約670万円)にもなる。

 高率課税やCOEを導入したのは、元首相のリー・クアンユー顧問相だ。狙いは渋滞の緩和だ。「道路が混雑しない程度に車の台数を制限するしかないと信じるに至った」と回顧録に記している。

 COEは10年間有効で、使用期間分が国の歳入となり、手放した場合は残った期間に応じて相当額が払い戻される。国が強制的に徴収し、行政サービスに使われる点で広い意味での税金と言える。国土交通庁は毎月、登録抹消数に基づいて新規発行数を決め、入札を行う。道路網の拡大に応じて毎年3%程度、発行数を増やしており、計1万〜2万台ほどの新規購入や買い替え需要が生まれる。

 さらに、中心市街地に入る車に通行証の事前購入を義務づけて交通量を規制する制度も75年から導入。98年からはERPという、日本のETCに似た通行料自動徴収システムも取り入れた。

 だが、状況は変わりつつある。

 10年前にもシンガポールに駐在した日本人駐在員の話では、かつては朝夕の通勤時にビジネス街でもなかった渋滞が、最近は市内各地で目立つようになった、という。

 自動車を所有する世帯は73年の17%から03年の35%へ倍増。加えて、最近は高学歴で高収入の職業に就いた若者らも競って車を買い求める。政府機関に勤めるトーマス・リムさん(36)は今年1月、トヨタ・レクサスを13万シンガポールドル(約1000万円)で買った。「車がぜいたく品なのは分かっている。でも、通勤やレジャーに便利だから」

 政府は経済成長を維持するため、海外からの移民を受け入れ、人口を650万人に増やす政策を掲げる。豊かになった国民と海外からの富裕層が一層車を求めるようになるのは確実だ。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)シンガポールセンターの岩上勝一さんは「今の自動車政策が導入された時とは社会・経済環境が変わりつつある。変化に応じた対策が求められているのではないか」と指摘する。(シンガポール=杉井昭仁)

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