月光仮面
作曲者・小川寛興が語る
主題歌裏話
●テレビでは、「月光仮面」以前にどんな作品を。 TBSが多かったですね。中村竹弥が主役だった「江戸の影法師」とか、いろいろやりました。それで、「月光仮面」が始まる前に「ぼんぼこ物語」というテレビ映画がありましてね。まだ、4歳か5歳ぐらいの小嶋くるみちゃんが主役で、浜口庫之肋きんがまだ歌い手で、殿様かなんか出てくる‥‥‥この番組の音楽も担当しました。テレビ映画では、これが初めてです。 ●「月光仮面」を担当されたのは、その後ですか。 ええ。実は「ぼんぼこ物語」が予定より早く終ってしまいまして‥‥・・その辺はあまり詳しく知らないのですが、「月光仮面」に企画変えになったんです。「ぼんぼこ物語」は川内康範さんが脚本を書いていて、提供が武田薬品で宣弘社はその代理店だった。ところが番組を作るところがなくて自分のところでスタッフを集めてやることになったのです。そんな関係で私が音楽をやったんです。 ●「月光仮面」について、お聞かせいただけますか。 あの頃は、BGMをサラ回しですますことが多かったんですけど、それではなんか空空しいでしょう。限られた予算で少ない人数しか使えないけど、厚みのある音を出そうじゃないかというんで、そう、4人か5人かぐらいだったかな。初めは、宣弘社のスタジオで映画を見ながらやってたんです。でも、それでは時間がかかるんで秒数測ってから音をテープにとって、後でぴたりとはめこむというスタイルにしました。こういう作り方というのは、われわれも参加して監督と「俺はこういうつもりで撮ったんだ」「じゃあ、音はこうしよう」という具合に相談ができるでしょう。そういった点が楽しかったですね‥‥‥でも、ギャラは安かったけどね(笑)。 お金が少ないということは、いろんなことを考えつくんですよ。音楽の面でいえば、人数が少なくても周波数が広い楽器でたくさん人数のいるような音を出したりするんです。 ●「月光仮面」は、主題歌がヒットしましたね。 ふり返ってみますと、主題歌を作った時の思い出というのは深いですね。「月光」の場合は、”月光仮面のの歌”の方が主題歌だったんですけど、オートバイの疾走するするタイトル・バックに合わないでしょう。それで、挿入歌にするはずだった“月光仮面は誰でしょう”を主題歌にしたんです。 ”月光仮面は誰でしょう”は、川内康範さんの詩をもらいましてね。そうだな、5、6分だったかな‥‥‥それくらいで書いちゃって家の者に聞かせたら「あんまり、いい歌じゃないわね」っていわれてがっくり来て、プロデューサーの西付俊一さんに聞かせたら「こりゃいい、こりゃいい」って喜んでくれて、どっちが本当かなと迷ってしまったりして‥‥‥。 ●”月光仮面の歌”は、最初から三船浩さんが歌うことは決まっていたんですか。 いや、初めは番組自体当るかどうが判らないからレコードにする予定なんかなかった。三船さんが歌ったのはレコードにした時です。劇中に入る“月光仮面の歌”は、裏方でやることになりましてね。そうしたら、大瀬康一さん、川内康範さん、監督の船床さんの3人が名乗り出たんです。まず大瀬さんが歌って、結局、康範さんのが一番多かったみたいですね。 それに、”月光仮面は誰でしょう”もレコードの近藤よし子じゃなくて、小川貴代乃っていう子がソロで歌っていたと思います。 ●レコードの録音日は、昭和33年5月23日ですから、それ以前の放送ではそちらの方が使われていたわけですね。 -----昭和54年発売、キングレコード「懐かしの少年映画名作劇場-2、怪傑ハリマオ」解説より抜粋 |
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