2007年10月24日 (水曜日)

ピカピカキラキラ修復完成

 今年、僕が「住職」になってから変わったことは、法事とか葬儀を「真ん中」に座ってお勤めしたりするってだけじゃない。
 例えば、お寺にある「仏具」などの道具を必要に応じて買い揃えたりする場合や、壊れたら修復しなくちゃならない場合の「決定権」というか「責任者」にもならなきゃならない。
 しかも、「仏具」とか「袈裟」系統は、職人の技が光る「伝統工芸品」であり、実は「値段」もスゴイ……。KONO個人で「同額」のモノを買うなんて有り得ないお金がかかる場合もある。
 ウチの寺の場合なら長年の付き合いのある京都の仏具店に依頼する。
さっきも言ったが、仏具店にスゴイ金額がかかる発注をする場合、あらかじめ寺と仏具店との間で「契約書」を交わす。住職として契約書に署名捺印をする瞬間がたまらなく緊張するが、そこはKONO個人ではなく「住職」という「役職」として僕は動かなくてはならない。※コンビニで「あぁ、ポイント使いますっ。100円引きラッキー♪」ってニヤケている自分とはまるで「別人」だ(苦笑)
で、
  ウチの寺の本堂の中心、本尊(阿弥陀如来)の前にある「前卓(まえじょく)」が、今から90年くらい前の「大正時代」に製造されたもので、実はガタガタボロボログラグラだった。
「なおさないとこのままでは壊れる……」ということで7月に依頼し、京都に送られてたのが、今日、修復が完了し帰ってきた。(写真)
   
  
仏具店の札幌支店担当の人が、京都から届いた梱包をほどき、手袋をはめ、慎重に組み立てていく。金箔もキラキラ、ガタガタも直り、「新品」のようだ。
その見事さにため息が出た。
   
裏側の見えない部分に「修復の年と依頼人の名前」を記録として記すというので、僕の今年5月の「新住職就任記念」をキッカケに修理したということで僕の名前(法名)が記されている(写真)。
   
これが、僕が住職になって初めての「大きな」仕事となった(住職の采配という意味で)。
「大正時代」の仏具が「平成」の僕の住職の代で90年ぶりに修理され、
またピカピカになって、今後の僕の歩みを、寺に集まる皆様の歩みを、寺の歴史を、本堂の「真ん中」から見つめ続けてくれることだろう。

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2007年10月23日 (火曜日)

コメント投稿の不具合について

今、「報恩講」の法要に出ている先なので、再びケイタイから投稿します。

なぜかこのブログにコメントしようとすると「迷惑コメント」として拒否される「不具合」が発生してるらしいです。
せっかくコメントいただいたのに、ご迷惑をおかけした方には、本当に申し訳ありませんでした。

ちなみに、現時点でKONO個人として「迷惑コメント」の「拒否設定」は一切しておりません。

ただし、KONO個人的に「迷惑だ!」と判断した場合には削除するか、スルーすることにしております。

NIFTYさん、またトラブルですよ!なんとかしてくれぃ!

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アマチュア歌うたい

あのとき胸の中に浮かんだ「一フレーズ」。
辛すぎて「一曲」に完成できなかったメロディーの「カケラ」。

今まで歩いてきた道のりの中、心震えた瞬間に、たくさんのメロディーの「カケラ」たちが浮かんでは消えた…

「一曲」として完成したのもあれば、できなかったのもある。

いま。

たわむれにギターを抱え、思いつくまま、気の向くままに歌を歌えば、過去のメロディーの「カケラ」たちが騒ぎ出してくる。

僕は、前を向くために封印したあの日浮かんだ「一フレーズ」を歌う。

そんな「一フレーズ」に、アイツが泣いた。泣いてくれた。

アマチュアでも、歌ってきて良かった。

 

そのメロディーの「カケラ」が、時を経て「一曲」になりたがっている。

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2007年10月21日 (日曜日)

スピードメーターのワケ

近隣のお寺の「報恩講」という法要が続いている。その合間に法事やお参りにアチコチ飛び回るから、1日があっという間。日々クルマでの移動ばかりだ…。
そこで、またクルマの話になるけど、前からずっと気になっていた事がある。まずはこの写真をご覧ください。
 
この写真は、愛車ビートル君の「スピードメーター」なのだが、ちょうど30キロと50キロのところのメモリが「赤い点」になっている。デザインなのかな?と思っていたが、この2点だけ赤いのだ。
何の意味だろう?
ずっと気になっていたが、さっきその疑問がとけた。
今月の『モノマガジン』「フォルクスワーゲン特集」なのだが、そこに「フォルクスワーゲン・トリビア」というページがあり、こう書いてあった。
【速度メーターの30㎞/hと50㎞/hの目盛りだけ赤い  〜中略〜  前者は学校や病院の近くを走る速度、後者は街中を流す速度。ひと目で分かりやすいスピードメーターは、優しい運転が一番似合う。】
ふーん。ワーゲンのクルマはみんなそうなってるらしい。
ワーゲン好きじゃない人にとってみれば「だから何?」と言われそうだが、NEW BEETLEに乗って6年。こういう「知らないかったけど、訳あってそうなっていた」エピソードを知ると、また嬉しくなる。
ビートル君。
最近車体の下からビリビリと「ビビリ音」がするようになり、
ちょっとボロくなってきたけど、
やっぱりまだまだ飽きのこないクルマだわ。

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2007年10月19日 (金曜日)

運転中の私

昨夜のクライマックスシリーズをテレビで見ながら、日ハムの「セギノール」選手の顔が誰かに似ているような………
「いったい誰?」
とずーっと気になっていた。今日、お参りに移動する車の運転中に分かった。笑点にも出てる落語家の「林家たい平」師匠だ!!
あーー、スッキリと思って運転していたら、僕の車の前方に「木材」を大量に積み込んだトラックが!
「もしかして荷崩れしたら、すぐ後ろの俺はペチャンコ……」
なーーんて、そんな「妄想」から、カーブでトラックの車体がグラツくたびに「うぉー!」だの「うぇーー!」だの叫ぶ私。
独りの車内は、色んな「自分の姿」をかいま見られる空間だ。

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2007年10月18日 (木曜日)

夢のBGM

昨夜から今朝にかけてみた夢……
やたらにBGMがかかっていた。夢の場面場面にしつこいくらいその都度「音楽」が流れるのだ。
思わず夢の中で

「うるさいわ!音楽ストップ!」

と叫んでた私だ(笑)。


でも、今振り返ると、どんな内容の夢だったのか、どんなBGMだったのか、思い出せない………


と、お参りの合間に、車を停めて携帯からメールでこの文章を投稿している私。BGMは………「綾瀬はるか」である(笑)

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2007年10月17日 (水曜日)

住職になってから・・・・

またお葬儀が続く。

必要以上に緊張する。肩こりも絶好調で、なぜか、「顔の中?」まで凝っている(顔こり?)のような状態が続く・・・。

実は、ここだけで吐露するけど、

10月に入ってから、法事や葬儀や法話会などで人前でさせていただく「お話」がうまくいかない。話が支離滅裂になっていたり、聞いている方達が「??」っていう状態になっているのも話していてよく分かる。

だから、また意識しすぎて、焦る。

いや、これは、自分が「住職」になった事で勝手にプレッシャーを感じた僕が、なんとか「それらしく見てもらいたい」という「力み」から、空回りしているのだと思う。

分かっているのだが、また意識しすぎて、焦る。情けない。

今まで以上に、話す内容を吟味したり、下調べの勉強をしたり、準備万端でその場に臨んでいるのに、失敗してしまう。

自分の「話」の中味の是非ではない。そんな次元じゃない。少なくともそれは聞き手の方が判断することだろう。

そうじゃなく、僕が言いたいのは、人前で「表現」する以上、

「ああ、なんとかお話できた。伝えたいことは、拙いながらも言えた。」

というような「ひたむきさ」と共に「到達感」がなきゃならないと思うのだ。もちろん、決して、その場に立ち止まり、自己陶酔する為の「自己満足感」ではない。

そこには必ず「反省」や「自己嫌悪」は伴っていても、自分の中にある伝えたいものを表現する、言葉に結びつける、その1点を誤魔化さず追求したいのだ。

でも、そのバランスがうまくいかない。

だから、今、人前で話すことが、緊張の連続である。終わるたびに、聞いてた方に申し訳なくて、恥ずかしくて・・・・。

そういえば、「住職」になってから、BOSANソングライターKONOの「新曲」が出来なくなった。創作のインスピレーションはあるのだが、それらはブログや印刷物の「文章」へと昇華されても、「歌」に結びつかなくなった。なぜだろう???

新しいオリジナル(新曲)を歌いたいな。

ま、これについては、自分の内側から沸き上がってくる瞬間を待つことにしよう・・・・。歌にしたいような「経験」は日々、重ねていますから・・・(苦笑)。

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2007年10月15日 (月曜日)

思い通りにならないという「学び」

 先日お邪魔したお宅で「珍しい光景」を目にした。 

 ジイチャンバアチャン2人暮らしのお宅に、ご近所に住んでいる孫娘さん2人が遊びに来ていて、テレビを見ていた。そこへ、僕が「お参り」に登場した。僕がお仏壇の前に座ってお勤めを始めようとしてもテレビを見るのを止めないお孫さん達を、ジイチャンが叱りとばしたのである。「ほら、テレビ消しなさい。こっちに来て、一緒にお参りするぞ!」 孫娘さん達は、見たいアニメを中断させられて不服そうであったけど、ジイチャンに叱られてシブシブ一緒にお参りすることになった。

 ・・・・・・はい、以上が「珍しい光景」でした。

 最近、法事や葬儀の場面でも、子供は「放任」って感じが多い。「叱れない」のである。騒ごうが、歩き回ろうが、そのまんま。子供は無法地帯になると「怪獣」のようだ・・・・。

 独身で子供もいないオマエが何をエラソウに、、、と怒られるかもしれないけど、「このまんまでいいのかな・・」という場面によく遭遇する。

 ま、自分の「過去」の思い出を語って「現在」を憂いてみてもナンセンスかもしれない。 でも、自分の子供の頃は、親に、兄貴に、兄貴の友達に、学校の先生に、近所のオヤジに、よく怒られたり、叱られていた場面が蘇る。

 「食事中はテレビを消しなさい!」 「ヒジをついてご飯食べるのをやめなさい!」 「朝のお勤めの時間だ、起きなさい!」 「何、俺(兄)を差し置いて弟のお前(私)が勝手なことしてるのよ!!」 「はい、反省文書かないとご飯抜きです!!!!」 「きちんと自分の言葉で言いなさい!!」 「忘れ物したんなら、立っていなさい!」 「ダメ!必要ないから買いません!」 「子供だけで行ってはダメ!!」

 ・・・・・叱られたり、注意されたりするたびに、自分の進んでいる「道」が遮られたような「歯がゆさ」とか「イライラ」がココロの中に起きてきたけど、その中で

 「何でも自分の思い通りにはならない、ワガママは通らない、ガマンしなきゃならないこともある」

 って当たり前の事を学んでいったのだと思う。家庭の中で「子供」がチヤホヤと主役になる場面は、僕に関して言えばあまり経験してこなかったと思う。

 でもこういう事は、今、良い悪いとか一概に言えないから難しい。「いじめ」と「愛のムチ」の境目?「シツケ」と「暴力」の境目? 今は大変じゃ。

 

 話題がガラーーーーっと変わりますけど(実は、つなげるけど・・・)

 我が師匠・みのや雅彦の秋のコンサート

STVラジオ開局45周年記念
みのや雅彦ライブツアー「SONGS〜歌しかなかった〜」

が20日からいよいよ始まる。

今回のツアーで8箇所を回るうち、僕の街の近場では、「苫小牧」と「室蘭」でのコンサートがある!!やった!近いぜ!!

 ・・・・・・・・・・・でも、行けない。

 ・・・・・・・・・・・お寺の法要で。 俺、「住職」だし・・・・。

 でも、ツアーラストの「札幌」には何としても行きます。

 近所の会場なのに行けないのは残念だけど、我慢します。

 だって、ガキの頃から

 「何でも自分の思い通りにはならない、ワガママは通らない、ガマンしなきゃならないこともある」

 って学んで来ましたから(苦笑)

 

 

  ※そう言えば、クライマックスシリーズに観戦に行くという理由で、仕事を休んだのではなく、サボった輩がいた。 その年齢でそういう「位置」にまだいられる貴方がウラヤマシイ・・・。皮肉じゃなく。

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